日記

植本一子さんの本に影響されて、もっと日記を書こうと思った。日々、結構たくさんのことを思うのに、もったいない気がするから。セラピー的にも良い。

友達のマリコさんは、ずっと毎日ブログを書いてる。凄いことだ。

 

諸々もありのままで出していけたらいいなあとも思う。不安とかさ。そういうの。外の目を気にし過ぎて、ちょっとカッコつけてるからな。まあ、ぼちぼちで。

 

ツイッターだと流れてっちゃうし。

フェイスブックも流れてっちゃうし。

単純に、純粋に文章が書きたい。

 

それをブログに公開できたらいいなあ。ノートに日記をつけてるんだけれど。そこまで精度を上げられなくても、アップしてもいいのかもしれないし。

 

何がどう積み重なっていくか分からないから、実験したい気持ちです。

今日も光がきれい。

 

f:id:gonna_dance:20190617091210j:image

吉本ばなな『「違うこと」をしないこと』

 下北沢のティッチャイで一人晩御飯をしていて、みゆき隊長(店長)から借りていった本。読み始めて速攻で自分で買いました。

(ティッチャイには「図書館」機能があって、本を借りられるのです〜!良い!)

「違うこと」をしないこと

「違うこと」をしないこと

 

 

この本は、自分がダンサー生活をし始めてから、右も左も分からず、騙そうとしたり利用しようとしてくる人と、仕事や人生を分かち合っていこうという意思のある人との区別もつかないところから、歩んできて分かったことが、めっちゃいっぱい言語化されてる!と思って一気読みしました。

 

私は、親の悪影響が強く、親のために生きるような人生を長いこと歩んできてしまったため、本当は自分が何がしたいのか、何が欲しいのか分からないという期間が長〜くありました。1983年に生まれてから、そうだな、きっと2016年まではそういう人生でした。33年、長いね。

 

勤め仕事を辞めて、仕事を作りながら生きてきてみると、「自分とは波長が合わなくて、なんかモヤモヤするけど、仕事くれるからな。良くしてくれるからな。仕事する人全部と何から何まで合うわけないよな」という感覚のことが結構あって。でもその仕事やその人たちとの関係を続けると、また分からなくなってくる。関係を続けても、ブレない自分がいれば大丈夫なんだろうけれど、私はぜんっぜんそうじゃなかった。

 

あとふと思い出したのは、以前勤めていた会社で、入社してみたら社内がグチャグチャってことがあって。偏見、差別、セクハラ、パワハラ、家庭内不和を社内に持ち込んだり、みんながみんな、なんか冴えない、しかも互いにまとわりついて足を引っ張りあっているようなドロ〜っとした感じになっていることに少しずつ気づいて、私は、しいたけ占いとか、石井ゆかりさんの占いとか読みながら、「私の人生に1ミリも関係ない人たちと毎日9時間以上も過ごして、何をやってるんだ?」と思いまくってたこともある。

 

こういうことがしたくなくて、自分の人生をもっと歩みたくて、24時間自分でいたくて仕事を作りながら生きていこうと決めたのに、なぜかまた、他人の人生に取り込まれそうになってる。おかしいおかしい!何だ何だ!

 

こういう、人生の中での「違和感」ってキャッチするのが難しいこともあって、違和感の原因を本の中では「ノイズ」という言葉で表されてたりする。

 自分の違和感を大切にしてスルーしないってのは大事。

 

こういう違和感・ノイズって、大々的にはズレてなくて、自分のできる範囲のことだし、やりたいことの範囲だから判断がつきにくい。そういう「結果自分の人生とは関係ない人」たちも世間的には良い人だったりすることもありますしね。

 

で、こういうことって、何も仕事とかそういうことだけじゃないんですよね。分かんなくなっちゃうと、自分が何を食べたいのかさえも分からないんですよ。

 

いろんなバリエーションはありますが、誰かと一緒に食事をしても「何をオーダーしたら相手の気分を害さないかな?」とかという思考回路になってくる。これがね、一事が万事で、どこまでも行っちゃうんですよ。服選び、家選び、趣味や日常の過ごし方まで。自分なんて存在しなくなっちゃうわけです。

 

でもこうやって、無意識に、もしくは良かれと思って、自分の本来の性質を隠したり、こねくり回して、世の中的に正しそうなノイズにチャンネルを合わせて生きてても、結局自分って出てきちゃうというか。それを抑え込んだりしまくって、ズレが最大限になると、病気になったりするんだろうなと思ってる。

自分の本来の性質って変えられないからな〜。何だかんだ。

 

というわけで、

なんか変だな〜、

自分で選んで生きてるのに生きづらいな〜、

とモヤモヤしている人におすすめです。

 

 あと、最後に。

ティッチャイ、めっちゃ美味しくて楽しくなるので、オススメです!Vegan対応もしてくれるし安心。まじで、行ってみて。

tabelog.com

今、生きててよかったなと思えることのひとつ

今、生きててよかったなと思えることのひとつは、

自分の中で、できるだけ一番ピュアな質問を自分に問い続けることができる。そしてそれを実行に移す未来を描くことができる。

ということです。

 

自分自身に何がしたいかなと問いかける。

「また大学に行き、専門的に学びたい」

「ヨガやピラティスの講師資格を取るのもいいな。英語環境下でとって、ついでに関連の英語も話せるようになろう」

「政治にもっと違う方法で関わりたい」

「暮らす体は自分で癒せるんだよ、ってみんなに伝えたい」

「どこかの劇団に属したりして、人の間で技術を磨きたい」

「もっと体のことを知りたい」

「自分の過去のことを知りたい」

 

私は今をどう過ごしたいかな、と問いかける。

「青空が綺麗だからそれだけでいいや〜」

「本を読もう」

「いや洗濯物が先かな」

「日記を書こう」

「絵を描こう」

 

将来はどうやって暮らしたいかなあ、とふと思う。

「平家に住んで」

「犬や鶏や豚も一緒に暮らして」

「友達も住んだり、訪ねてきたり、泊まっていったりして」

「朝ごはんと夜ごはんも大切にして」

「パズルなんかもして」

「散歩やジョギングもして」

「旅もして」

「日本に住んでなくてもいいし」

 

こういう自由な問いと答えを自分に対してできるのは、今までの職歴をかなぐり捨てたような生活をしているからだろうし、踊りを中心とした自分に嘘やごまかしの少ない選択肢をしているから、思考が自由になってきたというのは大きいなと思います。

随分と頭が自由になったものだと思う。

ここに至るまでは、親の育て方の影響でこんな思考回路や強迫観念もありました。

例えば、

 

・何かやり始めたら、どんなことがあっても辞めるのは恥。物事を辞めるのは人間失格(辞めてはいけない、逃げてはいけない)

・親に認められる生き方しかしてはいけないし、それ以外の選択肢はない。

・正社員で安定した収入がなければならない(そうでないと親に怒られる)

・何か新しいことをするには、親が理解できかつ価値を置ける壮大なストーリーや理由が、彼らの説得に必要。(何から何まで理由が必要。思いつきや、心の中の閃きは意味が無いと判断される。理屈っぽくなりました笑)

・日常生活が幸せではないのが当たり前、幸せは遠い未来にある(めっちゃ矛盾してる。死ぬまで幸せになれない)

・世の中には価値がない物や人がある(「そしてそれは私」が加わる)

・お金さえあれば安心(人間的な繋がりは役に立たない)

・人に使われる人間は無価値、人の上に立たなければならない(と言いながら、「正社員でなければならない」と言われる矛盾)

・私には何もできない、価値もない。

・お風呂は夜に入らなければならず、朝のシャワーは以ての外。恥ずかしい行為。

・外食や中食は恥ずかしいこと。お金の無駄。

 

今もこういった類の強迫観念が浮かび上がってくることはありますが、随分減りました。思考の癖も変わり、随分、自分を大切にした選択ができるようになってきました。

親が、「こうやって生きたら幸せになる」と示し、強制した生き方は、私にはあまり必要のないものでした。

そしてこういう極端な考え方をする両親に対しても、何らかの相当の被害者なのだと思えるにも至りました。事実、専門書にも暴力やDVは連鎖するので、やってしまう人も被害を受けて育っていると書いてあるのですが、それを「そうだよなあ」と事実として受け止められるようになったというか。

 

思えば、「幸せ」という概念や実感も私にとってはここ1年ほどの新しいもので、ようやく分かるようになったものです。それまでは、「楽しい!」「テンションが上がる!」などはありましたし、自分の仕事が認められて「これは幸せなことなのだ」という感覚はありましたが、みぞおちのへんから立ち昇るような「幸せだなあ〜」という暖かい気持ちは感じたことがありませんでした。無かったんですよ。本当に。

書いてて、信じられないようなウソくさいような感じになっちゃうかな〜と思うけど、本当だから仕方ない。

 

私は、死ぬまで、少しずつ、賢くなりたい。それは知識がたくさん欲しいということではない。人間の叡智的な意味で、賢くなって行きたい。知らないことを知って、感じ、考えることを続けたいわけです。知らないからこそ、分からないからこそ、関わる誰かを否定したり、彼らのことを否認したりしたくないと思うのです。

こんなことを考えられるだけで、随分遠くに来たなあという思いです。2019年も春がきましたね。

f:id:gonna_dance:20190405195520j:plain

ちょっと前に描いた絵。上手く描こうとしないぞ〜と挑んでます。はい。

 

 

 

 

 

世界の隅っこから。ハルコロ、ゴールデンカムイ。知識と愛について。

ついに、数年ぶりに念願のハルコロへ行きました。個人比で、本当に「ついに」感溢れ、ワクワク。

ハルコロは新大久保駅から徒歩3分ほどのアイヌ料理のお店。初めて行ったのは、アンティファでパンクの友人の紹介でした。その時も、「アイヌ料理なんて珍しいし、カッコいい!」と思ったのですが、社会の教科書で習うくらいの知識と、反差別運動などしていた知識から出た感想でした。

 

近年、アイヌ民謡を自分の踊りに使うこともあり、漫画・アニメ「ゴールデンカムイ」のファンたる私は、アイヌ知識を少々ばかり身につけ、ハルコロを再訪したのでした。ついに、憧れの「オハウ」(具沢山のスープ)を食べ、ユク(鹿肉)も頂き、ビールはサッポロ黒星と完璧な夜を過ごしたのでした。

「ヒンナヒンナ」(アイヌの言葉で、食べ物とその神に感謝する意味)だと思いました。幸せ。

メニューに書かれたアイヌ語の料理名や材料名が分かり、壁を埋め尽くすポスターや刺繍の模様や木の飾りが、得た知識によって、世界が意味を持って迫ってくる体験をしました。それらが彼らの文化の一部であって、意味や理由を持ってお店に置かれていることが認識できた。具体的には分からないものの方が多いけれど、前より、アレもコレもアイヌ文化に由来した何かであることに気づけます。胸がいっぱいになってワクワクして、嬉しくてたまらなかった。

f:id:gonna_dance:20190323094138j:plain

シンプルなオハウ。

f:id:gonna_dance:20190323094116j:plain

ゴールデンカムイ作者、野田サトル先生のサイン(他にもある)

 

一緒に行った友人やパートナーも、そのルーツは、ウガンダ、インド、シンガポール、米国など。私は日本。話題は、目の前の料理と行ったり来たりしながら、日本の戦時中の公文書アーカイブス(まじでなんでも見れると聞いて驚き!)や、アイヌの音楽や、オススメのアニメ(「ポプテピピック」でひと笑い。大好き。「ガイコツ書店員本田さん」をオススメしました。大好き。)、南極を通るとイギリスとオーストラリアが近いこと、政治など。

 

ハルコロでご飯食べて、自分の感覚に知識の喜びと、愛が入り混じっているなと気づいた。アイヌのこと知ってたけど、愛は無かった。左翼らしいシンパシーはあった。知るうちに、「面白い」が生まれ、「もっと知りたい」、から、「好き」が芽生え、美味しい食事で追体験するに至り、これは愛だなあと思った。他者とその文化への愛と、知らぬものへの愛と、知識や知る・学ぶということへの愛。

 

私は、知ることが好き。

知識は世界を美しくする。

知識が世界を広げ、意味をもたらし、愛を芽生えさせる。

また、愛は知をもたらし、知は、また世界へと繋げてくれる。

知識。叡智。愛。

この世界には異なるものしかない。

そしていつでも、全ては並立するだけだ。

美しい混沌。

 

本当に、差別や人種差別って終わってるなと思った。

自分は差別しません、と自分の聖人性を顕示したいわけじゃない。私の中には「差別したくないし、同時にされたくない」尊厳と意思があるだけだ。私だって、自分でも気づいていない偏見や差別意識がある。これは、恥ずかしいけど、絶対ある。自分の中で、解決していないものもある。

相手の文化を知ることは面白いし、受け入れがたいほどに違うこともある。そういう時はとても面倒臭かったりする。コンフリクトが生まれることがある。「キー!なんなの?!」となることもある(野宿者運動をハードコアにしてた時によくなってた笑)。でも「そういうのもある」となる。その人の背景、社会のこと、歴史とその流れが見えるようになる。きっと、相手だって自分に対してそう思ってたりするのだろう。「分からん。なんだこいつ」って。

その「分からん」と「だから相手を否定する」の間がないのは本当にしんどい。自分の「分からない」と「だからありえない」が直結してるのは短絡的だと思う。

世界を認知する中で、相手を否定することは、やっぱり違うと思うんだ。相手を否定することで、自分の優位性を示そうとしたりすることと繋がっていて、とても捻れている。

 

どこだって世界の中心だし、どこだって世界の隅っこなんだ。

 

知らないことだらけの世界で、

愛でもって、自分の世界が広がること。

 

めっちゃ楽しかったから、帰りは、はしゃいで飛び跳ねて走って帰った。

犬のようだった。

f:id:gonna_dance:20190323094200j:plain

 

tabelog.com

www.nids.mod.go.jp

 youngjump.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

2019!ご挨拶と自由芸術大学ストレッチ講座1月のお知らせ

2019年、明けましておめでとうございます!

2018年は、たくさんの方にお世話になった年でした。本当にありがとうございます。どうぞ今年も身体のこと、たくさん考えて発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。(考えまくった挙句、めちゃくちゃ月並みな挨拶になった・・・書ききれない)

f:id:gonna_dance:20190107154709j:plain

テキサスで滞在した湖の素晴らしい夕焼け。右奥にうっすら虹。

クリスマス、年末年始をアメリカ合衆国のテキサスで過ごしました。地味にデジタルデトックスをしつつ、水彩画や、読書、ジグゾーパズルやボードゲーム、犬の散歩、映画、脱出ゲームをして過ごしました。(テキサス旅行記、詳しくは後日また書きたいなあ)

 

寒いけど、まだまだ極寒ではない年明けですね!年明けに帰国しても、高円寺のいちょうの木にはまだ黄色く紅葉した葉っぱが残っていたりして驚いたりしました。

 

飛行機での14時間のフライトや、テキサスでの移動は全て車、屋内中心の生活で、こんなにも体を動かさないことってない!という2週間だったのですが、みるみる間に、身体がバキバキ!

普段、ストレッチクラスに来てくれるデスクワークの方もこんな感じで固まっているのかもなあと感慨深く体の変化を観察していました。

帰国後、早速、ヨガやストレッチ、踊りの稽古を重点的に行い、だいぶ元の通りの動く体になってきました。足の裏の筋肉の衰えがハンパなく、もっと鍛えようと心に誓ったのでした。

 

今年も!自由芸術大学でのストレッチ講座を開催いたします。

開催曜日は去年から引き続き、木曜日です。

1月は、10日、17日、24日、31日!!

 

1月のテーマは、「全身を観察し、ほぐす」。

改めてベーシックなストレッチをおさらいしていくと共に、自分の身体の状態を見つめ直していきたいなと思います。自分と向き合う静かな時間を持ちたいです。年の初めのスタートアップをゆっくりと過ごせればと思います。

もちろんいつも通り、個別の体のお困りごともクラスの中で伺いますので、プログラムに組み込んでいきたいと思います。

 

会 場:素人の乱12号店|自由芸術大学
166-0002 東京都杉並区高円寺北3-8-12-2F
費 用:チケット制 4回分(2,000円×4回)8,000円 ※ビジター1回2,500円
問合せ:ngonda716@gmail.com
持ち物:運動のできる服装、飲み物(必要な方は、ノートや筆記具おやつなど)

 

www

スペクテイターに載ってます(Loca Kithen記事のなか〜)

雑誌の可能性を感じまくるかっこいい雑誌『スペクテイター』42号〈新しい食堂〉特集に、おいしいストレッチ教室でコラボしている高円寺Loca Kitchenの店長、やっちゃんこといとうやすよさんの、力作エッセーが掲載されてマス!タイトルは、

 

食堂開業心得帖

D.I.Y.と”はったり”の店づくりハウツー

 

合計16ページ!!

 

イラストや、お店の図解、開業に必要な事業計画や必要書類も書いてある。親切。施工にかかった費用や、コミカルに語られるやすよ店長の本音も。本音過ぎて凄い。

 

多分内容は、

・開業にはコストがかかります!500万円貯めましょう!バーーーン!

・独立しよう!起業しよう!キラキラ〜〜〜〜!

・繋がりましょう!一緒に何か面白いことやりましょう!ゴリゴリ〜〜!

みたいな本たちやビジネスパースンたちと一緒なのかもしれないんだけど、等身大のやすよ店長が曝け出されてて、凄い。

 

・社会不適合とされてしまった(もしくはされてしまいそうな)自分と付き合ってる人

・会社組織でうまくやれない自分が起業とか絶対無理と思ってる人

・お金が無いから独立できないと思っている人

・自分はプロフェッショナルじゃ無いからと思っている人。料理学校にも行ってないし・・・とか

そんな人たちは励まされちゃうと思う。「なんかできそう?!」と今より楽しくサバイブできる方法を見つけてみようと思えるかもしれない。

 

やすよ店長が「おいしいストレッチ教室」にも文中で触れてて、私もちょっと登場させていただいて、最強に幸せ。ありがとう。ございます。ちなみに今月は来週16日に開催ですっ。お席も余裕があります。

 

12/16(日)おいしいストレッチ教室 vol.12 よく眠り、よく目覚める 【予約受付中☆】 - dancer's life

しかも、すっごく素敵で美人なイラストにしていただいて。もう、友達に自慢したよね。したよね。した。なんならきっとこれからもする。

 

f:id:gonna_dance:20181210133712j:plain

記事はイラスト図解もたくさん!紙質もネイビーのインクも良い〜!

 

やすよ店長と私は、上智大学修士課程で出会って、互いに「いるな〜」って感じであまり関わりなく過ごしたといううっすらとした出会いを思い出しつつ、「思えば遠く来たもんだ」と中原中也を思い出す。

  

やっぱり今号も「生き方を考える」「生を再考する」「人間だけじゃない」「東京だけじゃない」ってことをいつも感じさせてくれるクールな雑誌だった。

渋谷なぎ食堂のオーナーさんの「料理で驚きたい」という言葉が一番印象に残った。私ももっと驚きたい。

 

やすよ店長、掲載おめでとうございまする〜!

 

私もいつかスペクテイターに書いてみたいなあ。

スペクテイター〈42号〉 新しい食堂

スペクテイター〈42号〉 新しい食堂

 

 

 

余談(載せるかすごく迷ったけど載せる)

『スペクテイター』は上智大学の研究所勤務時代から好きな雑誌で、なんだかんだと図書予算や雑誌予算で購入、蔵書してました。就活、労働、労働者の権利、アナキズム、食と農なんてのも研究所のテーマだったし、それらのことをもっと広く学部生に向けて発信したかったので、「スペクテイターはおしゃれなタッチと読み応えもありでキャッチーですよ!」と蔵書検討のための会議で推し発言したのを思い出す。思えば、研究所の会議とは思えない発言ですね。

 

12月は、肩甲骨から肩、首を緩める。ほぐす。

気づけばもう師走!

あまりに寒くないので忘れてしまいそうですが、きっと急に寒波がきますね。

温度ギャップにやられないようにして、楽しいクリスマス休暇や、お正月を迎えたいものです。

 

f:id:gonna_dance:20181206171207j:plain

よ、ようやく紅葉。高円寺の長仙寺のお庭。

さて、自由芸術大学ストレッチ講座「資本主義社会のなかの身体とダンス・パフォーマンス」12月のテーマは、、、

 

肩甲骨から肩、首を緩める。ほぐす。

 

ですっ!!!

寒くなってくると、背中が縮こまって、無意識に肩に力が入って、疲れてしまいます。普段だって、肩こりや首の痛みがある人が多い中で、寒さはその凝りや痛みに拍車をかけます。そして、寒さでほぐれにくくなってしまう。・・・脅し文句のようで嫌なのですが、本当にそうなのですよね。

 

クラスには、動きやすく暖かい格好でお越しください。動いても動いても冷えてきてしまうよりも、セーターやパーカーなどを着て、暖かくして、汗をかきやすい状態にした方が、体はよく動き、ほぐれます。

去年は割と薄着でクラスをやっていましたが、私も容赦無く、セーターやあったかいインナーを着て教えています。

 

開 講:毎週木曜日19:30~21:00 

12月開講日・・・6日・13日・20日

1月は、10日から再開いたします。

12月27日と1月3日は年末年始お休みします。何卒よろしくお願いします。

会 場:素人の乱12号店|自由芸術大学
166-0002 東京都杉並区高円寺北3-8-12-2F
費 用:チケット制 4回分(2,000円×4回)8,000円 ※ビジター1回2,500円
問合せ:ngonda716@gmail.com
持ち物:運動のできる服装、飲み物(必要な方は、ノートや筆記具おやつなど)

 

www.freeart-univ.org