「刺す」いろいろ(英語の話)

先週、インフルエンザの予防接種と採血をしてきたのですが、その前日に見ていたネイチャードキュメンタリーにヤマアラシが出てきて、ライオンをあの背中の針でめっちゃ刺してました。ライオン、撃退されてた。ヤマアラシ、強い。「刺す」って言ってもいろいろある英語を勉強して面白かったので共有します。以下紹介する英語は、全部動詞です。

 

stab

ナイフなどの鋭利な物で刺す。殺傷事件とかはこれですね。

 

sting

蜂とかアリとかの小さな虫に刺されちゃうのはこれ。

 

stick

針とか画鋲、ピンで刺す。

stick into

何かを刺す、のだけれど、stabにあるような暴力性は無くなる。料理をしていて温度計をケーキに刺したりする時とかに使う。

 

pin

昆虫の標本を作る時はこれ。刺して(壁などに)つける。

 

poke

これが一番かわいらしい雰囲気(私比)。小さな針などで突くイメージ。皮膚の下まで入らないような。

 

inject

刺してさらに液体を注入する。って書くと怖いな。エイリアン感ある。まあ、注射です。ちなみに、注射そのものはinjection。インフルエンザの予防接種は、flue shot。「インフルエンザの予防接種をしてもらえますか?」は

Can I get a flue shot?

です。動詞はgetですね。「インフルエンザの予防接種したよ〜」は

I got a flue shot.

です。

 

話がズレました。

 

 

puncture

一番、オフィシャルというか、科学的な表現。タイヤがパンクした時もこれ。

 

ちなみに、蚊が刺すは、

bite(噛む、噛みつく、かじる)

です。

関西の方言と同じですね。

 

ちなみにこれ、アメリカ英語なので、イギリス英語、イギリス系の英語圏では違うかもです。

 

あと、ヤマアラシは、porcupine(ポーキュパイン)です。かわいい。

 

2018年から2019年にかけて、下北沢の気流舎で「ノンネイティブ英語講座」なるものを友達と協力して開いていました。それはそれはもう、素晴らしい体験でした。

 

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気流舎。愛してる。本、チャイ、ビール、ワイン、アブサン、音楽、イベント、諸々揃ってます。

リンクです。

 

www.kiryuusha.com

 

私自身、今、ニューヨークで暮らしていますが、生まれ育った家族や環境は、全く外国(日本から見た外国)に縁はありませんでした。高校時代に、1年間ニュージーランドに留学し、そこで日常生活に困らないレベルの英語を話せるようになりました。大学院に進学した時、こんなにも帰国子女やバイリンガルっているんだって驚きました。生まれ落ちた所の差は大きい。

語学は、ネイティブとまではいきませんが、感覚で言語を掴んでパパパッと伸びる人もいれば、感覚が掴めずに伸び悩む人もいます。私は後者でした。「留学先では机に向かって勉強するな、ホストファミリーとおしゃべりしてたら良い」というアドバイスも受けましたし、それは本当にそうだなと思います。でも、私は伸び悩んで、ほんで悩んで、結果めっちゃ机に向かって勉強しました。

だから、なんとなく、英語の日本語話者がどこでつまづくか、なんとなく分かる気がする。だから、どうやって一人で勉強すれば英語に対する感覚を掴んで話せるようになるか、分かる。そんな経験を応用させての、英語講座でした。

月1回、合計10回行った講座でしたが、全回参加した人は、英語に対する感覚が育っていて、すごく早く講座内の課題をこなせるようになっていた。もちろん、講座以外に本人が努力したのもある。でも、力になれて嬉しかった。そう、まあこれは東京の思い出話です。

 

今日は、「刺す」の話をしたけれど、面白がって言葉を学べたら、本当に良いなと思う。

 

本当に、英語じゃなくても良くて、日本語でも、スペイン語でも、中国語でも、韓国語でも、エスペラント語でも。言葉は、世界を広げてくれるとっても便利な道具だから。

家事分担と(賃)労働について

私とパートナーは家事をそれはもう適当に分担している。テキトー。明確に分担してはいない。余裕のある方、やりたい方がやる。ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれないが、相手を思いやり、気遣いあって、分担バランスに気をつけ続ける。負担になっていないか、尋ね合う。アンバランスだと感じれば申し出て、話し合う。そんなふうに家事を分かち合って、家のなかを快適に作っている。

きちっと分担しないほうが、今の生活と私たちの性質に合っているし、忙しさには波があるため、流動性を持たせておいた方が良いと思っている。

 

日本にいてパートナーと暮らしている時は、私が外に出て仕事をしている時間がパートナーよりも長く、パートナーは主に家や近くのカフェで仕事をしていた。しかも体を動かす仕事を自営業でやっていたので、帰る時にはクタクタだ。心身ともに使い果たし気味。このような状況だった時は、パートナーが家事をする時間が私よりも多かったような印象がある。昼食の準備、洗濯物を畳む、掃除、など。

 

今は、私の方が余裕があって、ニューヨークのアパートの水回りや、こちらの調理道具や掃除道具、プリペイドカードで使うコインランドリーなどにも慣れてきたので、楽しんで家事をしている。楽しい。家事が楽しいなんて初めてかもしれない。いや、久しぶりかも。

今、何がしたいって包丁が研ぎたい。船便で送った砥石を待ってる。

自分比(当社比的な)、包丁が研ぎたい時は、かなり余裕がある。

 

端から見たら、今、私は専業主婦に分類されるだろう。無職の専業主婦。その意識は表面的には無いのだけれど、心の奥の方に刷り込まれた感覚が「金を稼いでいなければ、私が家事の全てをして当然」と呼び掛けてくる。これは恐ろしい。自分でこの感覚が胸の奥から迫り上がってくるのを感じても、止めることは難しい。

朝に強く夜弱い私は、夕食を食べると途端に電池が切れたように眠たくなることがよくある。歯を磨くのも精一杯、時にはできないという有様だ。生理の時は特にそうだ。夕食の片付けをしたくてもできない。体が言うことを聞かない。その日、その他の家事の一切合切を自分でやっていても、この夕食後の瞬間、自分を責めてしまう。私がやらなければ・・・。私は今、賃労働をしていないのだから・・・。でも、私の体は正直で、その意味で非常に信頼がおけるので、疲れたならば動かない。いつからか、自分の意思で自分の体を騙すことは非常に困難になった。

このように眠かったある夜、

パートナーは夕食後「お皿洗うね」と言う。

私がやらなくちゃ。私、賃労働していないし。私、お金になることしていないし。

続けて「今日、他のこと全部やってもらったし。やりたい」と言う。

他に家事をしていたとしても、この日、パートナーは皿を洗っただろう。

頭の一部では、お金を稼いでいない人が全部家事をしなければいけない、という思い込み自体が欺瞞であると気づいている。「ありがとう」と伝え、お願いした。自分の心のなかの刷り込み気づいているのだ。でも、自分を責めることとセットになったこの感情を止められない。

家族の中では女が家事を完璧にこなすものだと、それができないのはありえないこと、許されないことであると。自分がやらなければ、自分がやらなければ。自分がやらなければ。自分は女なのだから。自分はお金を稼いでいないのだから。

自分の心のなかの言葉を露呈しているのだが、恐ろしいほどに偏った強迫的な思い込みだ。

私は、知っている。このような思い込みが、思い込みに過ぎないことを。

自分の育った家族と社会のなかで培われたものであることを。それがいかに拭い去りがたいかを。

そして、何よりそれが全てではないことを。

小学校くらいから、「男に頼らずに生きていきたい」「子どもは欲しい(かもしれない)けど、父親はいらない」と両親に宣言していた。大人になり、恋はすれど、男に隷属する気などさらさらない。私のことを家政婦のように見てくる男はこちらから願い下げだった。場合によっては、説教した。大学生時代に、イヴァン・イリイチシャドウ・ワーク』に出会った。上京し、大学院生時代にフェミニズムに出会った。

 

私は、学んだのだ。自分で歩いて、探して、苦しい時も嬉しい時も涙しつつ。「それ」が思い込みであることを。

 

今、そんな私の心の奥底から迫り上がってくるのは、良妻賢母、休みなく家事をこなす主婦の幻影。刷り込みとは恐ろしいものだ。

 

この文章を書いている最中も、何度、「パートナーがお皿を洗ってくれて」「掃除してもらってありがたい」というようなことをタイプして、書き直したか分からない。してくれたことに対して感謝するのはとても良いことだし、素直な感情だ。悪くない。何が悪いか、その言葉の裏側には「私がやるべきなのに」とか「手伝ってもらって申し訳ない」といった感情がついて回るものだから、何度も何度もそれらを打ち消すように、タイプし直しまくって書いている。

 

このような感情が湧き上がる日が続いたある日、思い切って(なんの思い切りが必要であろうか)パートナーに「間違っているのはわかるんだけど、今お金を稼いでいないから、私が家事を全部しなくちゃって思っちゃうの」と話しかけた。

パートナーからの返答はこうだった。

 

相手を思いやることは愛情の交換。申し訳ない気持ちとか、そういうのは思ってほしくない。お金を稼ぐ仕事をしているかしていないかは関係ない。ナミは、1日ほとんどの家事労働をしている。私はほとんど何もしていないし、家事やりたいって思う。それだけ。

 

家族やパートナーシップ、同棲などに伴う共同生活には、様々な形があるだろう。それぞれの共同体において、流動性を持たせつつ、構築していくのがベストだと思う。だが、生活しながら構築のプロセスを踏むのは、容易でない時もあるだろう。

とはいえ、日本社会における女性の家事分担の多さは見過ごせない。

 

この議論のなかには、賃労働、シャドウワーク、無賃だけどやりたいこと・やらなくてはいけないこと・やるべきこと、など、様々な人間のしごと(作業)が含まれる。人間が生きていくために必要な行いの中で、「賃労働」もしくは「金になる行為」だけが飛び抜けて、偉いような感覚を私は持っている。でも、ここから脱出したい。お金は必要。労働は大変。そりゃそうだ。でもお金に頭が振り回されているなと思う。

 

もっと、頭を自由にしたい。もっと自由になりたい。

足りない思考や知識はなんだろう。掛かってる呪いはなんだろう。

家事、家事の分担、賃労働、日々の行為。

どれも大事。優劣なく。眺められるようになりたい。

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抽象的な意味でプラトーに行きたい。(写真は近所のハドソン川です。対岸のニュージャージー州が見える)



 

 

 

 

 

藤田庄市『カルト宗教事件の深層 〜「スピリチュアル・アビュース」の理論』

今日はさらっと書きたい。 

これを読んだ。オススメである。

カルト宗教事件の深層: 「スピリチュアル・アビュース」の論理

カルト宗教事件の深層: 「スピリチュアル・アビュース」の論理

  • 作者:藤田 庄市
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2017/05/26
  • メディア: 単行本
 

 

これの前の記事で書いたコロンビア大学の東アジア図書館で見つけたから。検索せず、なんとなくブラブラと書架の間を探検している間に見つけて魅かれた。2017年発行の割と新しい本。

 

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

 

 去年、これ(森達也著『A』)を途中まで読んでいた。アーチャリーと呼ばれる娘さんのインタビュー記事なども読んだ。

 

オウムによる地下鉄サリン事件は、小学校5年生の時だった。サリン事件の1週間前ほどに、愛知県の過疎地域の田舎から、たまたま上京して、たまたま赤坂見附駅にいた。多分、人生で2度目か3度目の東京。1泊2日だけそこにいた。テレビニュースで事件を知った両親の怯えた顔が今でも頭に残っている。日付がずれてたら私、死んでたかもしれない。

 

なんとなく、オウムのことは気になる。自分のなかで解決されていない。

なぜ、人々が魅きつけられたのか。なぜ、信じたのか。なぜ、金や財産を喜捨したのか。なぜ、今も終わっていないのか。なぜ、毒薬を作れるほど頭が良い人や医者なども信者にいたのか。

なぜ、人を殺したのか。ターゲットを定めて。もしくは定めないで。

麻原彰晃は、2018年に死刑が執行された。

なぜが頭の中に残っている。

 

オウム真理教の教祖だった麻原彰晃は、当時、とんねるずのテレビにも出ていて、子どもたちはこぞって麻原彰晃の選挙ソングを歌っていた。うちには、『ニュートン』と並んで『ムー』があった。テレビでは、ノストラダムスの大予言をはじめとしてオカルトブームだった。

オウムは危ないのでは?という意見が出始めた(と認識し始めた)ころ、坂本弁護士事件などをあまり理解していなかった私は、テレビが変な人を変だからという理由で排斥しているように見えたので、なんとなくオウムを擁護するような目線を持っていた。「ちょっとおかしい人がいても良いじゃん」的な感覚だった。からかわれてしまうクラスメイトを庇うのと同じ気持ちだった。

今もその時から続くなぜの気持ちを引きずっている。だから、『カルト宗教事件の深層 〜「スピリチュアル・アビュース」の理論』を読んだ。

 

著者の造語である「スピリチュアル・アビュース」という言葉によって非常に明確に解き明かされたのは、教祖(もしくは指導者)と信者たちの精神的、身体的、虐待関係だった。マインド・コントロールときっとなんとなく呼ばれていたものの中身と構造を具体的に示していた。家族間、恋人間など親しい間柄の人間関係によって生まれる虐待と同じ構造だと思った。

読了後、小学生の時から抱えていた「なぜ?」がだいぶすっきりした。マスコミのように煽るでもなく、週刊誌のように裏がないようなことを書くでもなく、センセーショナルな事実を冷静に分析して、解体して見せてくれる研究書は、本当にありがたい物だ。著者の方に感謝する。

事例は、オウム真理教だけではなく、旧統一教会や、ロックスターToshiも抜け出せなかった自己啓発セミナーなど、たくさん分析されている。

 

著者も、たちばな出版にスラップ裁判を仕掛けられたりしていて、本当に苦労しながら書いたとあった。ありがたいことだ。

 

中学時代には、宗教的な理由で剣道や柔道の授業をずっと見学していた友達がいた。大学時代の先輩には、母親が宗教に喜捨しまくって、家庭はぐちゃぐちゃ、先輩自身、昼となく夜となくバイトをして、母親の借金も返しながら、学費も自分で払い大学に通い続けていた。信仰があるから生きていけるんだけどねと酒を傾けながら話す友人からは、絶えず愚痴と自己否定が漏れていた。

 

みんながみんなスピリチュアル・アビュースを受けているとは思わないが、身の回りにも可能性は転がっている。

 

きっと、折に触れてまた、新興宗教やオウム関連のものは読むのだと思う。

多分、人間の弱さを知りたいから。

多分、人間の生き抜く様を知りたいから。(宗教に、教祖に縋り付いてでも生きていこうとする何か、生きようとして魑魅魍魎に巻き込まれてしまうあの感じ) 

いやあ、良い本だった。同じような疑問を持っている方に、オススメです。

図書館いろいろの話 ハリポタ的建築からジン図書館まで

ニューヨークに来てから、よく本を読んでいる。

元々、本を読むのが大好きなのだが、時間と心に余裕があって、よく読める。こちらに来てからの2週間は特に、時差ボケも手伝って、よく朝方から本を読むことができた。朝方4時か5時から、パートナーを起こす朝8時まで。至福。

 

ニューヨークに来てからというもの、世界に冠たるニューヨークでお出かけしないのはもったいない、とも思うのだが、元々、そんなに出かけるタチじゃないようで。

自分にとって好きな外出体験は、外食やカフェ、美術館や博物館、ダンスや演劇などの舞台観賞、ギグ、講義やトークなどのイベント、ワークショップなどなどだけれど、そんなにたくさんは必要ない。

 

というわけで、日常的に行くのは、ファーマーズマーケットやデリ(惣菜屋)やスーパー、薬局、たまにカフェ、レストラン。あとは、図書館。おうちから2ブロック行ったところの、コロンビア大学とバーナード大学の共通の図書館利用者カードを作った。カードを作ってからの平日は、ほぼ毎日出没している。

 

日本文学の研究で有名な、故ドナルド・キーン博士が学位を修め、所属していたのもコロンビア大学で、Department of East Asia Languages and Cultures(東アジア言語文化学部と訳すのかな)があります。東アジア専門の図書館もあって、中国語、台湾語、韓国語、日本語の本が山のようにある。

この東アジア専門の図書館に初めて行った日は、不安がドーンと胸にあった日で、自分が根無草のような気分だったので、日本語の本がたくさんあったのが嬉しかった。たまたま通りかかった書架に、見田宗介、栗原康、岸政彦、、、と自分の好きな作家の本が並んでいたのも、なんとなく安心した。生まれて育って、人生のほとんどを生きてきた言語というのは安心するもんですね。新しい感覚。

 

東アジア図書館を含め、このふたつの大学のキャンパスには合計14の図書館がある。

朝と言わず夜と言わず学生がいつも勉強している。この安心感ったらない。それぞれ、パソコン、タブレット、ノート、いろいろな方法で勉強している。ノートに書き進められるのも、数式、アラビア語、中国語、英語、様々だ。全く分からない、だからこそワクワクする。何を勉強しているんだろう。

午前10時も過ぎると、席を探すのが少し大変で、お昼を食べに家に帰り、午後また行くと、更に席を探すのが大変だ。

 

両大学はキャンパスも広く美しく、古い建物も多く、惚れ惚れしてしまう。一番メインの図書館の写真を見てほしい。

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明るめのハリポタ感。

これだから。

本当に、ここにいるだけで嬉しくなって、やりたいことが捗る。捗る。

さらには入り口も美術品である。

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これだから!!本気で。

本当に。現実だし、日常なんだよね。これが。全く。

 

このように古く美しい図書館もあれば、法律学部の図書館はモダニズム建築(多分)、理工学部の図書館は、明るいガラス張りの真新しい建築だったりする。

 

図書館の建物の中に、カフェが併設されていることも多く、飲食しながら勉強できる所もある。カフェにはコーヒーなどの飲み物の他に、クッキー、マフィン、ドーナツなどの甘いものや、リンゴやバナナなどのフルーツ、ヨーグルト、サラダ、サンドイッチ、ポテトチップスやチョコレート、エナジーバーなど充実している。

水飲み場(給水所)もあって、買わなくても飲み物には困らない。新陳代謝にもよるんですが、人間は1日2リットルくらいの水(できればお茶とかコーヒーは含まない)を飲むのが身体に良いんですよね。水を2リットル持ち歩くとか、結構大変だし、この水筒用の給水設備がとても良くて、給水施設は本当にありがたい。そこかしこにあるので便利。この施設からか、水筒を持っている学生の率がとても高い。ペットボトルを持っている人を見つける方が困難で、たいていプラスチックのウォーターボトルを机に置いて勉強している。ゴミに観点を移せば、カフェのテイクアウトのコーヒーカップを持っている人は良く見るけど。

 

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給水施設。ボトルにも注げるし、ここで飲んでも良い。

 

水回りの設備で、ありがたし!と思ったのは、バーナード大学の女性用トイレには、無料のナプキンとタンポンがおいてある。ボタンを押すとガシャン!と昭和な音がして、ひとつずつ出てくる。

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手書きで表示が直してあるゆるさも良い。ボールペンかな。

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必要があったのでいただきました。

 

バーナード大学は、元々女子大。フェミニズムジェンダーの研究に強いと聞く。図書館の中には、フェミニズムジェンダーが特集されたジンのコレクションもある。

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ここがジンコレクション!!

ここから入った一角がジンコレクション。壁一面のジン!どうしても近くで人が映り込んでしまうので、写真がないの。手にとって見ると、図書館の他の本と同じく番号がふられ、順番に並んでいる。書棚に自分で返すのではなく、近くにトレーがあってそこに返すシステム。コレクションの専用司書のお部屋も隣接していて、「誰なの?!ねえ、司書さん誰?!お友達になりたい」という気持ちになる。

春ごろに、ジンフェアもあるとのことで、絶対参加したい。これは俄然ジンを作りたくなってきた。テーマは決めたので、みなさんお楽しみに。日本のみなさん、こっちから送りつけてやる!笑。もらってください。

 

バーナード図書館が素敵なのでもう少し、紹介させて。

 

お金のない学生のために、教科書の貸し出しがある!!先生指定の教科書が何千円するなんてことは結構あることで、何万円というときもある。本当にありがたい。

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教科書の貸し出しコーナー

図書館は4階建てで、各階ごとに「おしゃべり」「ディスカッション」に関わるルールが緩やかにデザインされているのもとても便利だと思った。ルールをざくっと翻訳すると、

1階は、友達とテーブルを囲んで勉強したり話したりしてオッケー。話し合いや交流、オッケー、むしろ推奨。

2階は、グループで勉強するか、ひとりで勉強するか。話し合いオッケー、むしろ推奨。

3階は、基本的にひとりで勉強する所。でも2階より静かになら話してオッケー。周りに配慮してね。

4階は、一番静かに勉強するためにデザインされた場所。話すの我慢してね。もし必要だったら、囁くか小さな声で。

 

段階的に設定されていることで、その日の気分で場所を選べるし、他者にイライラしなくて良い。

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おしゃべりなどに関する方針。書き方も優しい。

日本の図書館だと、ミーティングルームが設置されていたら良い方で、そこ以外では絶対に話してはいけないという所が多いように思う。でも、勉強って、誰かと話しながら進めるシチュエーション多いと思うし、「そろそろご飯食べに行く?」なんていうちょっとした会話はいつでも必要だろう。私はルールが厳しいと、守っていない人に対しても厳しい気持ちになってしまう。「自分も頑張って守っているんだから、守ってほしい」という気持ちになってきて、自警団のように他者に厳しくなってしまう。

こんなふうにルールに厳しい自分は嫌なのだけれど、ルールによって自分の性質が変えられてしまうようだ。

 

静かにしてね、の4階には、ヨガマットやお祈り用の布などが置いてある。

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もちろんこれらが使えるスペースもある。

ここから自由に持っていって、返せる、というシンプルな管理方法。私はお祈りはしないけれど、イスラームの人のようにお祈りの時間が決まってたりする信仰を持っている人にとって、ありがたいよね。ヨガマットはシューズのまま使ってオッケーで、汗をかくようなことも良いよ、と表示がある。

 

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バーナード大学の入り口。クマのエンブレムがかわいい。

 

図書館が、このように充実しているのは本当にありがたい。QOLが本当にあがる。

 

また明日も、明後日も、特段何もない限り、図書館通いが続きそう。(めっちゃ楽しい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソーシャルセキュリティナンバーを取りに行った話

ソーシャルセキュリティーナンバーを取得しに行ってきました。

 

ソーシャル・セキュリティー・ナンバー

 

なんだそれ、という感じなんですが、英語のスペルで

Social Security Number

日本語訳で、「社会保障番号」。頭文字を取って、SSNと言われたりします。

人から渡米後のプロセスを聞かれたりした時に日本にいる間は、「日本でいうところのマイナンバーみたいなもの」と適当に受け答えしていた。マイナンバーカードも意図的に受け取っていない私は、関心を脇に置いたままにしておきたかった。

日本のマイナンバー制度は、個人の出納や、保険、口座、納税などを特定及び管理する目的で作られていて、新しく何か資産になるものを買うときや借りるときにも、提出を求められる。これを利用できる省庁は、厚生労働省をはじめ、暮らす上で欠かせないところばかりだ。でも、マイナンバーは運用が成立していないも同然なので、ほとんどの場合、提出が求められても「任意」であるため、避けることができる。日本ではそれでやってこれていた。

 

ソーシャルセキュリティーナンバーは、マイナンバーとは比べ物にならないくらい機能している。米国籍を持つ人、移住労働者、移住者等に、ひとりひとつ申請ベースで与えられる。ちゃんと申請して、ちゃんと持っていないと、日常生活が送りにくいのだ。バッチリ、ガッチリ生活レベルに食い込んでいる。

どんなときに必要かと言えば、例えば、仕事探しをする時に必要、行政による何らかの社会保障制度を利用する時にも必要、銀行口座を開設したりクレジットカードを持つ時にも必要、車の免許を取る時にも必要、、、

 

持っていないと、無理ゲー。アメリカの、ソーシャルセキュリティーナンバーは、日本のマイナンバーのようにはいかないのだ。

 

このような国民総背番号制度は、私にとって気持ちの良いものではない。

気は進まないけど、取得する。選択肢は無い。

 

やるしかない。

 

基本的にこういった役所関係の申請は、私とパートナーは二人で行っている。間違い無く、確実に、早く終わらせられるように。少しずつ慣れてきたが、役所関係の英語は、日本の役所文章がそうであるように、独特で、読みづらい。文書管理や申請の文化も違うため、「なんとなくこうだろうな」と思って読み進められない。「間違えたらやり直し」のプレッシャーもかかる。

私のパートナーは日本語がネイティブレベルなので、私の英語レベルよりもかなり高い。普段は、互いの言語の向上のために、日本語と英語、1日ずつ交互に話しているが、こういう間違うことができない作業をする時に英語の日であった場合、私が英語とプレッシャーに耐えきれなくなったら、日本語で全て話すか、私が日本語で話して、パートナーが英語で話す、というふうにしている。

 

助かるのは、アメリカの役所のウェブサイトは日本のそれよりちょっと分かりやすい気がすることだ。オンラインで申請したり、ダウンロードしたり、役所に直接行かず割となんでもできるからかな。非英語圏からの移民も多いからかな。

埋め込みでリンクを貼ってもツマラナイ感じになったが、ソーシャルセキュリティーナンバーに関する役所のウェブサイトはこちら。開いてもらうと分かるが、多少英語に慣れ親しんだ方なら、「分かる!」となると思う。

www.ssa.gov

 

必要書類をこのウェブサイトからダウンロードして、記入、プリントアウト、サイン。サイン文化です。印鑑は必要ない。あとは、ID、I-94と呼ばれる出国証明書、結婚証明書を持てば完璧。パートナーに「ID英語で書かれたもの2種類必要みたい」と言われ、パスポートと、国際免許証を持った。念のため普通の免許証もカバンに入れた。IDたくさん持って出かけるのは嫌だな。心配だ。

 

地下鉄を乗り継ぎ、ダウンタウンのソーシャルセキュリティー・マンハッタン・カードセンターへ。周りにある、Obento(テイクアウトの日本食弁当屋)や、ラーメン屋や、Katus bowl(カツ丼。看板の写真は卵でとじられてなかった)を良いなあと眺めながら。オフィスが入っているのは新しく綺麗な玄関のビル、セキュリティも緩かった。地下鉄の入り口のようなセキュリティー設備が開けっぱなしになっており、横に警備員はいるものの、荷物点検などもなく「ソーシャルセキュリティナンバーを取りにきた」と目的を伝えると「どうぞ」という感じだった。拍子抜け。

 

オフィスのある階で降りると、おっと、急に地味で役所じみている。玄関が綺麗だっただけに、軽くショックを受ける。ビザの面接で訪れた在日米国大使館にそこはかとなく似ていた。警備員の腰には拳銃型の何か。拳銃か、スタンガンか。なんだろね。あれ。おっかないなあ。そっちの方が物騒だわ〜。気さくな対応してくれるんだけどね。

 

あ〜役所は本当に苦手。できれば行きたくない。

犯罪履歴も無いのに、自分が何か悪いことしたような気分にさせられる。淡々とした雰囲気に、ピシッとしないといけない気がする。私の父親は一時期子どもたち全員に「公務員になれ」と再三言っていたが、今思っても無理だわ。その時も、公務員のイメージだけで絶対嫌と思っていたが。子どもの性質を全然見ずに、彼の希望を言っていただけなのだなと思う。迷惑な話だ。

 

サテ、日本の街角のケータイ屋よろしく、受付機で用件を選択する。受付番号が薄い紙に印刷されて出てくる。受付票を持って、待合に座る。

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書類、パスポート、受付票。

 

待合の黒い椅子には、様々な人たち。西洋、アジア系、アラブ系、中南米、カリブ、南アジア、中央アジア、アフリカ、東欧、、、家族連れっぽい人、仕事の合間みたいなスーツの人、いろいろだ。こうして見ると、誰がどんな国や地域や人種にルーツを持っているのかなんて、全く分からない。この「分からなさ」こそが、私に人種差別の意味の無さを直感的に分からせる。何度も。何度も。

 

受付番号が表示される電光掲示板の表記の意味が分からない。が、しばらくすると、警備員が「*番〜*番はここから並んで」と言うので、十数名が立ち上がり、受付番号順に並んだ。おお。掲示板は意味ないのか?なんだなんだ。

並んだ列を見ていると、割とサクサク進んでいる。

 

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オフィスの中は殺風景。ここに並ぶ。

 

自分が並ぶ番になると、前の人も日本国籍の日本育ちっぽい人だった。日本のパスポートが見えたのもあるけど、番号を確認して譲り合うときに、その人は軽く会釈したからだ。そして欧米文化に慣れている人でもあるのか、日本人に会った安堵からか、ちょっと微笑んだ。日本育ちで欧米の生活文化に浸かったことのある人は、目が合った時に、軽く微笑むことに慣れている気がする。

会釈の文化は、こちらに来てから改めて気づいたけど、日本っぽいものなのだ。無意識に、図書館の通路や、狭い歩道を譲り合う時などにこちらでもやるのだが、誰も会釈を返さない。それで気づいた。文化が無いんだ。差別意識があって、日本文化を至上とするような人たちは、こういった単なる文化の違いに、腹を立てたり、見下したりするのだろうか。とふと思う。

近頃は、道を譲り合っても、すれ違っても会釈しないことを観察しながら楽しんでいる。こういう動作の感覚から、ダンス作品ができることは大いにある。

 

オフィスを観察すると、壁に沿ってぐるりずらっと40程の窓口がある。機能しているのは、多分10箇所弱。ずいぶんしっかりと機能している。日本の役所窓口と比べてはいけない(特殊なことでない限り、丁寧かつ迅速に対応してくれるのが日本の役所)とは聞いていたけれど、今回は心配するまでもなかったな。

ちなみに、今回、入国した際のJFケネディ空港は、窓口が2つしか開いていなくて、そのうちひとりいなくなって1つに減って大行列。パートナーは「めっちゃアメリカ」と表現した。人件費をともかく削るんだな。テレビドラマ「裸の大将」ばりの傘込みの大きな荷物を背負って、時差ぼけ寝不足のままジリジリと待った。入国に1時間以上かかった。空港のWi-Fiがすぐに取れたのがせめてもの救いだった。

こう感じでも、責任を感じてあくせく働かない感じはとても良いと思う。

 

などと思い出しているうちに自分の番号が呼ばれ、窓口へ。ロシア、東欧を思わせる顔立ちのスタッフが対応してくれる。奥には、高級ブランドのバッグとネイルポリッシュが見えた。緊張する。英語は聞き取れたが、それが何を意味するのか分からず、まごついてしまう。ようやく分かった頃には、パートナーが助け舟を出したところだった。この10秒ほどのバッファがネイティブの中で生きていくには、乗り越えたい山なのだ。

高校生時代、ニュージーランドに留学したときは、あからさまに子どもの見た目と、ベーシックな英語を今思えばゆっくりと話していたことで、自然と銀行や旅行社やバスの運転手の人たちも、私に合わせてゆっくり喋ってくれていたんだなと思う。

今は、それが無い。く〜。やりがいあります。

 

申請書類の確認から始まり、IDの確認、結婚証明の確認、順調。そして、I-94の確認。I-94に表記されたビザの種類がパスポートと違うことが指摘された。うわあ、間違えた。今回の入国にかかるものが必要だったようだ。前回入国したときの物を持ってきてしまったようだ。万事休す、、、。また明日来なければいけないのか。私はこういう不手際にこたえてしまう性質で、途端に眉間と顔面に力が入り、不安になる。スタッフの方が、諸々照合してくれたようで、ことなきを得た。ありがたい。最後に、「3週間から4週間、SSNの発行にかかります。郵送されます」という説明を聞いた。結構かかるな。事前に番号だけでも分からないのかと聞くと、分からないとのこと。アメリカ全土で毎日この申請を受け付けている上に、ひとりひとりを国のデータに反映させるんだから、まあそりゃそうか。

 

ビルを出て、すぐに地下鉄に乗って、家へと折り返す。思いの外早く終わって安心した。

 

あとはカードを待つだけだ。

でもまあ、待つ。無事届きますように。

 

ビザの申請や結婚の手続き、これから始めるグリーンカードの取得など、何かとお金がかかるので、SSCの手続きにお金がかからなかったのはちょっとありがたい気分になった。そして、こんなことにありがたいと思ってしまうことも、本当は嫌なんだけどね〜。すでに払っている税金で賄ってほしい。再分配は国家の機能の最も重要なもののひとつですよ。

 

私は、アメリカに引っ越してきた。ビザを取って。移動した。見えない国境を超えて。飛行機で。ただそれだけのことがとても大変なのだ。

グローバリゼーションとは、ヒト・モノ・カネの移動を指す。そして、資本主義・資本主義の社会のなかで、それらが自由に行われているかと思わされているが、実はそうでは無い。大学院時代の講義で何度も理論として、事例として勉強していたことだ。この間の移民プロセスで何度も実感した。カネがなければ、申請すらもままならないのだ。カネで足切りして、世界人権宣言でも認められているヒトの移動の自由をコントロールしている。

 

できるだけ、国家とは関わらないように、関わらないように生きてきたし、生きていきたいけど、そうもいかない時もある。現状の世界では関わらざるを得ないので、引き続き諸々の申請、頑張ります〜。てれてれっとした感じで。

 

ではまた書きます〜。

米国の保険と救急車を呼ぼうとした話

2020年1月27日(月曜日)、保険に加入した。米国では保険の加入は基本的に個人の任意で、様々な会社が提供するものを自分の状況を考え、会社や保険を選んで買って、加入する。

ともかくお金がたくさんかかるのが恐ろしい。以前、友人の机の上の請求書の束を見た時、怖くなったし、他の友達からは、歯医者にちょっと行ったら500ドル(今のレートだと54,000円ほど)かかったと聞いたし、ともかく恐ろしい。命とお金がダイレクトになっている感じが、薄ら恐ろしい。気味の悪い、いやな感じがある。

この前の日くらいに、パートナーの1ヶ月分の処方薬を買いに薬局に行ったのだけれど、保険が無ければ200ドル(22,000円ほど)、パートナーが加入している保険内だと同じ物が2ドル(220円ほど)だという。怖すぎる。

 

米国で保険は大きなビジネスで、テレビ番組の合間のコマーシャルは、保険会社のものが多い。笑いあり涙ありのコマーシャルは、目を引くし、不安になっている人には本当に効果がありそうだ。ドラマさながらの親子愛を描くものなどは、批判的指向はどこへやら、「安心したい」という心をくすぐられ、「なんか良さそう」とふんわり思ってしまった。この「ふんわり」思うっていうのもミソなんだよなあ。本当は、命とお金の話なのにね〜〜。全然、ふんわりなんかじゃない。

米国にも、日本でいうところの国民健康保険的なものはあるのだが、加入できるのは、基本的に障がい者と高齢者のみ。公立病院は、予約が何週間も先ということもあるようだし、なんていうか、ガタガタだ。

 

怖い怖いとも言っていられないので、保険に入った。無保険状態の方が怖い。私が入ったのは、パートナーの所属先(職場)の運営するもので、配偶者という形式で加入した。無職状態で入れるのありがたい。もちろん保険金は払います。

 

保険を取り扱う部署をパートナーとふたりで直接たずねた。みんな、良い感じに適当に仕事している。受付の人は、自分の作業の区切りがついた頃に、「How can I help you?(今日の用件は?)」と聞いてきた。日本だったらほぼ待たされない(待たせてはいけない)シチュエーションで。日本だったら受付の人は、自分の作業の手をすぐさま止めて、目の前にいる客の対応をするだろう。ひい。

申請自体は思ったよりもとてもとても簡単で、書類2枚に主に名前などを記入し、本人確認等に伴う提出書類は、先日取得したばかりの結婚証明(取得経緯はこちらの記事に書きました)のみだった。

gonna-dance.hatenablog.com

ここで、結婚証明が効くんだよな。やっぱり制度というものは、恐ろしい。その制度の範疇に入っている時は良いし何も気にしないだろうが、意図せず外れてしまったり、それがカバーできない状況になると、途端に生きる上での不安定さが増す。

 

保険証はケータイのアプリで発効される。3営業日待てば良いようだ。手続きは簡単で、待たずにすぐ済んだ。

 

この保険事務所は、クリニックやカウンセリングルームの機能も備えており、待合室のようなところで書類を書いた。ふと見ると、無料でコンドームを配っている。棚が設置してあり自由に取れるようになってる。いろんな会社のいろんなサイズ。大事。無料の消毒液や、リップクリーム、ジェルボールが入ったレンジで温めるタイプのカイロなども配布している。食べ物のドネーション箱もあった。誰に届くのだろう。ここは、ジェンダーに配慮したカウンセリングがあったり、性暴力対応もしていて、結構頼もしい。

私もリップクリームと消毒液をもらって退室した。へへへ。ありがとう。

これで一安心。

 

保険の手続きをした翌日、ダウンタウンへ出かけた。いつもの地下鉄の駅で、少し慌てて改札を通ろうとすると、目の前の人が倒れた。周りの人が駆けつけた。私も駆けつけた。床には小さな血痕。いつもだったら、日本語だったら、ああして、こうして、現状確認をして、安全や気道を確保して、とやれるのに体が動かなかった。言葉が出なかった。

誰かが、「救急車を呼んで!」と叫んだ。

振り返ると、パートナーが電話をかけていた。

アメリカの救急車の番号って何・・・?911か・・・?

救急車を呼ぶと30万円かかるって聞いたけど、呼んで良いの?

本人には意識があって、救急車を呼ぼうというのは周りの判断だし・・・

もしかして、アメリカって救急対応やその判断方法が自分の知っている日本のものと違ったらどうしよう。

逡巡していた。

「大丈夫?」「立てる?」「私、血が出てる」「眉間が切れているんだよ」

そんなやりとりがあって、

倒れた方は周りに支えられ近くのベンチに座った。

気づけばパートナーは電話を切っていた。救急車は呼ばなかった。

いつの間にか構内にある緊急ボタンも押されていたようで、警備員が一人来ていた。駆けつけはしない。日本の真面目すぎる警備員のオジサマたちの健気な働き方を思い出した。もっと給料が良ければいいのに。

ピンチの時も、なんだか関係ないことを考えるもんだ。

何もできない自分が怖くなった。症状によっては動かさない方が良い。

みんなガンガン動かしているけど大丈夫か。

冷静に経緯と症状を見れば、脳卒中などではなく、転倒による擦過傷と少しの流血だと思われた。周りに2人と警備員が残り、私とパートナーは次に来た地下鉄に乗った。

 

こんな日常的なことで、こんなにも動転するとは思わなかった。良い機会だと思い、今、考えておきたいと思った。急に人が倒れた場合の症状別の応急処置を少し調べた。そして、パートナーに基本的なことを確認した。

米国は、救急、火事、警察どれも911で掛けられる。

電話が繋がったらまず状況説明をする。

救急車、消防車、警察出動、どの対応にするかは電話口のスタッフが判断する。

正直、救急車を呼ぶことをためらわれたが、このためらい自体、倫理的にどうなのだろう。私の倫理観の中ではアウトだ。しかし、今の私には30万円は大金で、萎縮してしまった。ためらわず救急車を呼べる日本の制度は本当にまだマシだと思った。この制度は守らないといけない。マジで。

福祉財源のために増税しますと言われて何度増税したことか。その殆どは、福祉以外の財源になっている。国民健康保険の支払額も、フリーランスになってから収入は勤めの時より減っていたのに、増えていた感覚がある。介護保険なんかの現場を見れば、どうみたって無理でしょ?!という状況で保険が降りない、働いている人もギリギリだ。そしてどんどん、せっかく作られた制度が厳しくなっていっている。かつて、福祉国家を目指し、北欧からも視察団が来ていた日本の姿は、今はもう、無い。国民健康保険だって、いつどうカットされていくか分からない。

 

地下鉄の中で、パートナーは30万円で命が助かる可能性があれば、呼べば良いと言ったし、そう思う。それはそうだ。こんなこと愚問だ。分かってる。命のが大切だ。しかし、今回のような他人が倒れた場合はどうだろうか。本人が、それを支払えるかどうか分からない。現場で救急車の判断するのは、ほとんどの場合、医療の素人だ。そもそも「判断」というのが重たすぎる。こんなことはお金に委ねる場合ではない。救急なのだから。ともかく、パパッと救急車を呼んで、何も無かったら「ああよかったね」で済ませたい。

 

少しグルグルした後、救急車は「呼ぶ」という意思決定をした。ともかく呼ぶ。命とお金、両方を突きつけられて、ちょっとまだ自分の中が頼りないけれど。

ちょっと興奮気味の頭を、冷ましながらダウンタウンへと出かけた。いつも乗らない2番線へ乗換したのは、物珍しくて気持ちが紛れた。

 

ちょっと、心にギュッとプレッシャーがかかったので、街でよく見かけるリスの写真貼っとくね。ちょっと癒されます。

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かわいいでした。

 

結婚証明の取得と苗字の話(2)

こちらの話「結婚証明の取得と苗字の話(1)」の続きです。

 

結婚証明手続き2日目、2020年1月22日(水曜日)当日、朝早く目が覚め、緊張から思考停止状態になっていたこともあり、瞑想の時間を持った。だいぶ落ち着いた。自分で思っているよりもかなり緊張しているようだ。 

24時間後の市役所へ再び来た。

今日は、役所の入り口で証人担ってくれる人と待ち合わせ。パートナーの友人の一人。パートナーの良い友人ということだけを聞いていた。私は初対面だった。人間大体、類友だから。忙しいスケジュールの中から平日に半日空けなければならず、証人を探すのも結構難しいので、忙しい中、応じてくれたのは本当にありがたいことだ。

(*ニューヨーク市役所で婚姻届を出す場合、証人がひとり、必要になります)

 

昨日の夜は、初日に区役所で着飾った人たちを見て、少し慌てていた。「そうか、着飾っても良いくらい大切な日なんだな」と分かったからだ。もちろん着飾らなくても良いんだけれど、着飾りたいなと思った。服をアレコレ考えた。一番お気に入りのドレスはまだ船便で運ばれている最中だし、あっても何より寒すぎる。「好きなものを着て寒ければタクシーを使えば良いよ」とパートナーは言っているし、ダウンタウンまではそんなに値段も高くないし、確かにそうなのだが、タクシーはなんとなくお金を無駄遣いしている気になる。白い大きなリボンのついたドレスも気に入りだったが、白というウェディングドレスにドストライクな色がなんとなく嫌だし、合わせたいヒールとベルトはまだ届いていない。着物はいくつかすでにあるが、紐が足りないので着れない。というかコーリンベルトしか無い。こんなに近々に盛装が必要だと思わず、ほとんどの物が船便の中なのだ。そして船便は送ってから到着までに最低2ヶ月かかる。頭をグルグルさせているうちに、シャイニーなカーキのスーツがあることを思い出した。これにしよう。パンツルック、変な色のスーツ。インナーは黒。2014年、銀座で行われた脱原発スーツデモにも着て行った物だ。大好きなドラマ「brooklyn 99」の主人公のひとり、エイミーもいつもパンツルックでかっこいい、なんとなくエイミーを思い出していた。ファイルに書類を整理するのが好きで、文房具とクイズが好きで、緊張に弱くて隠れてタバコを吸っていて、とても真剣に仕事をし、負けん気が強く、笑っちゃうくらい真面目に生きていて、尊敬できる人から全てを吸収しようとし、、、なんとなくシンパシーを持っているのだ。

着飾るのは楽しい。いつだって。自分のために着飾るのは楽しい。パートナーも気に入ったようで嬉しかった。誰かが自分の好みを好意を持って受け止めてくれるのは、また別の嬉しさがある。

 

地下鉄で出かけた。昨日より寒くなくて良かった。市役所でセキュリティを通り、受付番号を取得し、待つ。儀式のようにトイレに行った。私がバッグから水筒を出して水を飲んだことから、証人と3人で、ペットボトルや箸、ビニール袋など使い捨ての物などを中心に環境問題について話して待った。全然、結婚、関係無い。良い。

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待ち時間に写真を取るよね。

ここニューヨーク市役所は、全米で最も多く結婚証明の手続きが行われる役所だ。その次はラスベガス。ついでに遊ぶんだろう。大人だし。あと、24時間待つ制度も無いので簡単だ。

 

また15分ほどで順番が来て、8番カウンターへ。職員の人が5人くらいいるな、と思ったら、OJTだった。お疲れ様です。まずは、全員分の身分証明書の確認。そしてメインのスタッフの人が新人さんに「こことここを確認するんだよ」と指導。証人のサイン。書類に記入された事項の確認と両人のサイン。手続き料金35ドルをクレジットで支払い。ひとつひとつの作業に、新人さんへの指導が挟まれ、手続きは完了。

苗字に関しても昨日登録しているので、簡単に確認されただけだ。これも大切なことだ。新しい選択肢に関して、理由はいらないし、特別扱いをする必要もない。別の用紙も要らないし、他の選択肢と同様に、職員の質問に答えると、職員がパソコンでチェックボックスに入れていくだけだ。選択肢が並立していること。何も特別ではないこと、何も聞かれないことに感動した。

この苗字の話(1)を投稿した後に、友達がFacebookで、日本での国際結婚の苗字について教えてくれた(ありがとう!!)。国際結婚の場合は、夫婦別姓がデフォルト。しかし、女性の姓を取ろうとすると別途書類が必要で、「日本にある差別を体現した制度」だと言っていた。選択肢があれば良いってもんじゃない。制度の根底にある思想が大事だ。思想が。

 

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サイン中。テンション上がってる顔。

次は、セレモニーだ。

セレモニーには宗教色は無い。簡単な誓いの言葉を言う。そこで使われる言葉は一般的に、「夫(husband)」「妻(wife)」もしくは「配偶者(spouse)」なのだが、いつもお互いに使っている「パートナー(partner)」にしてもらった。変えられて良かった。ちなみに、英語でも配偶者(spouse)も差別感の無い言葉であるとのこと。

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セレモニー用の部屋その1。

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セレモニー用の部屋その2。

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こっちでやれて良かった。

レインボーカラーの絵が掛かった部屋が割り当てられて安心。しかし、ここに来て急に緊張度が増した。パートナーと向かい合って立つ。ピンクの髪が素敵な市役所職員さんが近いの言葉を読み上げる。自分が思ったより感情的になっていたようで、不意に涙が出てくる。感情からくる涙を、無意識に「泣いちゃいけない」と押さえ込もうとして、「いやいや、泣けば良いんだよ」といういつもの心の中のやりとりをした。一人ずつ呼び掛けられ、それに応じて、「誓います(I do)」と言う。誓いのキスをする。戸惑った。今思えば、何かを誓うためにキスをすることってこの日くらいなんじゃないか。最後に、証明書を手渡された。ペラリと1枚。ファイル、持ってない。

セレモニー自体は、ほんの数分。5分も無いんじゃないだろうか。写真を満足するまで撮影して、100年以上も前の大きな結婚台帳を眺めて、「馬車の運転士かあ〜」などと職業欄を観察。

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手書きではなくタイプしてある。馬鹿でかいタイプライターがあったのか。

全てを終えて、少しリラックス。フォトブースで写真を撮る。折角なんでね。観光地っぽいばかばかしさがあって良い。床が汚い。またトリミングでもしよう。

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もう、自分の写真をあげるのに飽きてきたよ。

手続きは本当に終わり。証明書をリュックの背中にそっと入れて(ファイル持ってない)、コートを着た。

もし、ニューヨーク市役所で結婚する人がこのブログを読んでいたら、伝えたい。ファイル、持っていくべき。これは本当。

 

美しい建物もお見せしたいので外観での写真もあげる。自分たちが写ってないやつも撮れば良かった。

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古い建物から感じる良さってある。

 

市役所を出た後は、お礼も兼ねてランチをしようと、証人と一緒に近くの中華素食のお店へ。中華街がすぐそばで、レストランには事欠かない。証人の方はベジタリアン、パートナーはビーガン、私はなんでも食べる。食事の席で、改めてお礼を伝え、逆に「私に証人を頼んでくれてありがとう。とても光栄」と言われ、ああ、本当にそうだよなあ、他者の結婚の証人になるのはとても光栄なことだよなあと気づく。
食事中の話題は、大学の大学院生の扱いがひどいことと、学生労働組合の話や、日本の社会や社会運動のことになり、意見を交わす。私のリスニング力がまだまだで、掴み損ねた話題があり、質問をもっとしたかったけど、頓珍漢になったら嫌だなと思って、質問をうまくできなかった。こういうのよくないな、もっと突っ込んでいこう。

食事の後は、仕事に戻るという証人と別れ、また会おうねと挨拶した。

 

緊張もどうやらたくさんしていたようだけれど、この結婚の法的手続きは、自分の感情への気づきも多くて、いろんなシーンで素直に感嘆したのも楽しかった。結婚したい人たちにとっては、この一連の手続きは、さぞ感動的なものであり、人生のクライマックスのひとつなのだろうなと思った。私のように法的結婚を自分がすることにさほど興味が無い人にとっても(改良すべき制度としては興味がある)、悪い物ではなかった。選択肢があり、特別視されず、奇異な目で見られず、それを行うことができる。多様性の実現された世界というのは、それが当たり前になっているのだと思った。

 

その当たり前を切り開くために、文字通り、血と汗と涙を流しながら、人生を使った多く人々のことを忘れたくないし、もっと知りたいし、実現された今の「当たり前」を守っていかないといけないし、もっと言えば、当たり前の幅を広げていく努力をしていきたい。

 

社会変革を求める時は、自分ができることをすることが大事。

何か変化をもたらそうとする時、様々な人がその人のできることをすることが大事なのだ。知恵を絞り戦略を考える人、社会的地位を利用し動く人も必要。こういった歴史に名前が残る中心人物ももちろん重要。だけれど、その人たちだけでは社会は動かせない。

 

私とパートナーは、偶然、キング牧師の日あたりに結婚証明を取得した(米国も月曜に祝日を実施するので日付は年で変動する)。
政治運動や市民運動をどのように進めるかという手法を、2019年、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンのワークショップで学んだのだが、そのときのケーススタディのひとつが公民権運動、特にモンゴメリーのバスボイコット事件だった(ちなみに彼らのワークショップは強烈にオススメ。社会変革だけでなくても、会社組織にいる人にも、アートとかなんらかのプロジェクトを持っている人にも、サークル運営とかにもとても役立つ)。現存のものを変える時は、キング牧師という公的で社会的な立場(キリスト教牧師)にあるスポークスマンだけではなく、組合運動を組織した経験のある活動家のニクソンだけでもダメで、圧倒的な人数の無名の市民が必要だった。バスの乗車ボイコットという方法が効いたのも、モンゴメリーでのバスの利用者の75パーセントが黒人だったからで、その多くはメイドや日雇いといった不安定で限られた労働に出かけ、また家に帰るためや、買い物、子育てなど日常の足として使っていた。ただでさえ心身が辛い労働なのに、歩けば足が棒になるような距離を毎日歩いた人たち(当然、若者だけではない)。その後には自家用車を持っている裕福な黒人が乗り合いのために車を無償で供出した。当時車は特権階級の持ち物で、この人たちは安い路線バスに乗らなくても良い立場だっただろう。自分と階級の違う人びとを無視しないの、かっこ良い。この車供出は、無償でドライバーをする者がいたから成り立った。裁判闘争の矢面に立ったローザ・パークス、他にも大学勤めで、大学の印刷機をフライヤー印刷のためにこっそり使ったジョン・アン・ロビンソン。ボイコットだけでなく夜の時間の集会へ参加するなど時間を割いた者、夜親がいないことや生活が不便になったことを我慢した子どもたちもいただろう。

それぞれが持てる力や能力を、出し合って、闘い続けた結果なのだ。

 

苗字が選べることだって、誰かが闘って、獲得した。そのひとつの結果なのだ。

 

これは祈りだと思って読んでもらえればと思う。

私は、苗字を変えていないまま結婚して数日経つが、苗字についてまた考えなくなった。なんと楽なことだろう。苗字ひとつでアイデンティティが揺さぶられないのだ。めちゃくちゃ楽。変化がなく、損もしないこと自体が、既得権益なんだ、無意識に差別者になることなのだと改めて思った。自分も気づかぬままに、誰かを今も傷つけているのだろう。

夫婦別姓に反対する人、夫婦別姓に懐疑的な人、関心がない人たちに、苗字が変わることによるあの動揺を知ってほしい。苗字たったひとつが、誰かのアイデンティティを揺るがし、不快を生んでいることを知ってほしい。我慢している人がいることを知ってほしい。

他者を完全に理解することは誰にもできないが、想像することはできる。さらには、思いやることができる、そういう優しい可能性を開いていきたい。

 

私は、想像する。私とは違う人生を歩む他者のことを。

私は、考える。その他者の喜びと苦しみを分かろうとするために。

私は、立ち上がる。それが力になると知っているから。

私は、行動する。この小さな力の集積こそが社会を変えると知っているから。

私は、創造する。未来を、日々の行いによって。

私は、学ぶ。以上の円環をより大きく、深いものにするために。