NYヴィーガン・レポート ~ビヨンド・バーガーのこと

NYに来て、書いておきたいことっていうのは結構あって。そのうちのふたつが、エコ事情と、ヴィーガン事情のこと。

今日は、ヴィーガン事情のことを少し書きたいと思う。

 

私は、何でも食べる派でヴィーガンではなく、食べたいときは卵、肉、魚、加工肉、乳製品も食べる感じ。私のパートナーは、ほぼ完璧なヴィーガンで、それに付き合うように私も、割とヴィーガンで過ごしている。自炊する時も、ほぼヴィーガンで作る。

 

NYは日本に比べると、遥かにヴィーガンで生きやすい。本当にこれはありがたい。助かる。

レストランには何料理であれ、特に庶民的なところは必ずヴィーガン・メニューの選択肢がある。逆にハイソで王道的なフレンチ・レストランとかにはヴィーガン・オプションが無かったりする。まあ、もちろん寿司屋とか。オーソドックスをオーソドックスのまま提供することに価値があるのだろう。

調味料や、冷凍食品や、加工食品などもヴィーガンのものが豊富だし、他のものと同じ値段で買える。ミルクひとつとっても、豆乳だけでなく、アーモンドやカシューなどのナッツ系のミルク、フラクスなどの甘味料の原材料となる植物系のミルク、味も少しずつ違っておもしろい。私はアーモンド&カシューが好き。フラクスは癖がないので、豆乳とかアーモンドが苦手な人にもおすすめ。

 

で、今日ちょっと書きたいのが、ビヨンド・バーガーのこと。

 

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これ。パテがふたつ入ってるよ。

 

ネットで見かけたことがある人もいるかもしれないけれど、ヴィーガンのハンバーグパテのことだ。ちなみに、動物性原材料を使わずにできている肉もどきのことを、ビヨンド・ミートと呼んだりする。

いろんな種類があってどれもおいしいんだけど、この前食べたやつ(写真のやつ)が、驚きの肉感だったから。何年も肉を口にしていないパートナーは、一口食べて「これ牛肉じゃないの?」と言って、本気で疑っていたというか、不安がっていた。立ち上がってキッチンまで行って、ゴミ箱から包装を取り出し、確認して漸く納得していた。

ナツメグとかスパイスの塩梅で、すごくお肉っぽくなるんだと思う。食感も味も、インディペンデント系のバーガーショップで食べるような、食べごたえのある肉厚でジューシーなパテそのもの、と言えばちょっと想像しやすいだろうか。

しかもNO GMO(遺伝子組み換え食品不使用)、グルテンフリー、大豆フリー。プロテインも1枚で20グラム。値段も2枚入りで約6ドル。物価が高いNYで、ひとり5ドル以内でめちゃくちゃおいしいバーガーが食べられるなら、それはもう安いと言える。

 

調理も、フライパンに油を引いて、両面を中火で焼くだけ。上の写真の通り。

 

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パテを焼いた油でパンを焼いてバーガーにしました。

 

もちろん、この写真の商品以外も、様々なブランドからいろんなフェイクミート商品が出ている。白身魚のフライ、チキンナゲットなど。試してないけど、イカフライが一番気になっている。

 

私はお肉も食べたいが、私はお肉が食べたいというか、お肉によって得られる快楽が欲しいようなので、フェイクミートを食べることで、お肉欲そのものも満たされる。あとプラス、過剰なストレスの下に生きる動物たちが減るならば、本当に良いなあと思うのだ。

 

日本にも気軽に買える美味しいフェイクミート、ヴィーガン商品がもっとあったらなあと思う。そしてそれが自然食品店とか、オーガニックのお店だけで買えるわけじゃなくて、普段遣いのスーパーで手に入ることが理想だよなあ~~。

 

商品リンク貼っておきます。商品写真がまた美味しそう!そしてこの写真に嘘はない。

 

smile.amazon.com

気流舎オンライン読書会、~新しい体験との出会い

5月30日(土)、NY時間、午前7時20分頃から、日本のZOOMイベントに参加した。

朝早い。

早いんだけど、日本時間は夜7時~9時のイベント。

至って普通の時間。時差を感じる。

 

参加したイベントは、

『気流の鳴る音』オンライン読書会

 

note.com

 

東京・下北沢にある気流舎という素敵なブックカフェ主催のイベント。

気流舎は、とても好きな場所。今は、コロナ対策で閉まっている。

私もノンネイティブ英語講座のというイベントの共催でもお世話になったりした。

この読書会、どんなイベントか、ちょっと引用すると、

 

各自好きな本・好きな場所を読む図書館スタイルのオンライン読書会です。

「気流の鳴る音」が手元になければ他の本でもオーケー。

最初の1時間

輪読ではなくて、黙読で各自、好きに読むスタイル。

後半の1時間は

感想言い合ったり、雑談になってもあり、みたいなイメージです。

 

さらに、当日、読んだ箇所や話題に出た本など記録していこうと思います。

 

 

と、いうことだそうです。

「朝、早すぎる!」と思っていたのですが、先週の朝6時から、パリテ・アカデミーのイベントに出席したので、吹っ切れました。朝早く動くの、良い。好き。起きるまでがちょっと大変なだけ。

 

パリテ・アカデミーはちなみにこちらです。

一般社団法人パリテ・アカデミー | Academy for Gender Parity

 

私はちょっぴり寝坊して、7時20分頃お邪魔。

既に、主催のホリム・ベイさんともうひとかたが静かに読んでいらして。「こんばんは」と、軽く挨拶。画面の中の日本の夜の光と、NYの朝の光が、ちょっぴりワクワクさせる。私たち、違う場所にいるんだな。

再会と初対面に、興奮しておしゃべりしたくなるが、自分の読む本のタイトルを伝え、ホリベさんに促されるように読書開始。すぐに、チャット欄に本の名前が書き込まれる。他の人が読んでる本のタイトルも見えるようにしてくれてて親切。

 

私は、あと30ページほどが読めずにいた『ナウシカ考 風の谷の黙示録』(赤坂憲雄/著、岩波書店、2019年)を読んだ。

植物をたくさん置いた窓を少しだけあけ、窓の真横にあるゆったりとくつろげる深くて低いアームチェアに座る。

朝日が差し込み、植物の葉に光が透けて美しい。

そよそよと優しく朝の風が吹き込む。爽やかで高原のような涼しい風が皮膚にあたる。

幸せな気持ち。

この朝の風と光を、読書とともに体験できただけでも、私にとって大きな価値だ。

開始直後、既に、イベント主催者と気流舎にめっちゃ感謝してた。

 

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この椅子で読みます。

 

どんな本を読んでもいいイベントなのだが、そのタイトルにあるように、『気流の鳴る音 交響するコミューン』(真木悠介/著、筑摩書房、2003年)を読みたかった。

過去、何度か読んでいるが、読むたびに発見があり、優しさと強さと知恵をもらえる。

だが、悲しいことに、日本からNYに送った荷物のうちひとつが未着で、多分十中八九もう既にバミューダ海峡に消えていて、手元に無い。

そんなわけもあって、手元に『気流の鳴る音』はない。ついでに言うと、大事な本やZINEがたくさん入っていた荷物だった。悲しみ。ひとまずこの悲しみは置いておく。

黙々と、『ナウシカ考』を読んだ。

漫画版『風の谷のナウシカ」』終巻のごとく、ドンドンと物語が突き進み、読みたいけど自分の頭と感受性は置いてけぼりにされる感覚が、『ナウシカ考』の最終章にもあり、ひとりではなぜか受け入れがたく、突然突き放されたようにわからなくなってしまい、読めていなかった。最終章までは物凄いスピードで読んでいたのが嘘みたいに止まっていた。

改めて空間と時間に助けられながら読んでみると、『ナウシカ考』の最終章は優しく、明るく世界への新しい扉を開けてもらった感覚で、手をとっていざなってくれ、私を置いてけぼりにはしなかった。思ったよりも大きな世界へ導かれるのが漫画版『風の谷のナウシカ』と似ていた。

 

この読書会の後半では、本の一部を読み上げ共有する。それが影響してか、本の内容も相まって、今までしたことない接し方、読み方で本を読んでいた。初めての感覚だった。

少し詳らかにしてみると、こんな感じ。

本に埋没することなく、自分の思考と感情に埋没することなく、距離を保って読めた。こんなふうに本が読めるのは初めてで、本の内容がいつもより客観的に、私自身と距離を持って入ってくる。

美しい読書体験だった。

(今思えば鬱の)出来損ない学生だった大学院時代を思い出し、こんなふうに文献と向き合えたらよかったのになあと思うとともに、将来を思い、こんなふうに文献と向き合えたら、論文は書きやすいのか、という発見をした。

 

会を通して、ぽつぽつと参加者も増えていった。

人が増えるたびに簡単な挨拶をした後は、また静かな読書空間ができあがる。

パートナーがいつの間にか起床し、コーヒーを淹れて持ってきてくれた。インデペンデントな焙煎屋から買っている煎りたてのコーヒー。私の時間は朝であることを、画面の中の夜の日本を見て再び味わった。

 

今まで読めなくなっていたのが嘘のように、最終ページまですすすと読めたので、自分がドッグイヤーを付けた箇所を読み返した。この本にはそれがふさわしいような気がして、鉛筆で線を引いた。ボールペンもハイライターも強すぎる。

 

あっと言う間に、前半が終わった。もう少し読んでいたいくらいだ。

一人ずつ、本の一部を朗読する。

その人が、選んだ箇所。知らない言葉たち。

画面のなかの日本の夜の光が優しい。

目を閉じて聞くと、文章がよく見える。クリアになって入ってくる。

全員が、目で追って文字で読むことを前提に書かれた本を読んでいたために、音読だけで全てを理解するのは困難だったが、人の語りのなかで形作られ、響きとなって入ってくる頼りない文章は違う味わいがあった。

上記2冊の他には、

 

『カルロス・カスタネダ

『森の生活』

『限界芸術論』

 

などが読まれた。

 

限界芸術論 (ちくま学芸文庫)

限界芸術論 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:鶴見 俊輔
  • 発売日: 1999/11/01
  • メディア: 文庫
 

 

 

私の『ナウシカ考』も含め、どれも人間や生き物の暮らしや生や命に関わる本ばかりで、申し合わせたわけではないのに不思議と立ち上る共通項があった。いや、気流舎という場所や、『気流の鳴る音』を媒介にしているため、その符号はむしろ自然なように感じる。

 

その他に、最近の読書経験の全く範疇外の本の名前がいくつか挙げられ、ふむふむとメモをする。自分の読書の触手がどのように動いていくかは分からないが、どれもおもしろそうだ。

 

久しぶりに初対面の人たちと出会ったなと改めて思った。

他者と交わる違和感も久しぶりに感じた。

自分ではないものが自分の世界へ入り込む不快感がはじめにあり、それがゆるやかに心地よさへと変わる。

他者を含む外界への不快感は、自分自身の不安を反映させるものだと気づき、ハッとした。

まだこの手の精神面の気づきと成長は多分にしてある。

 

定刻ほどまで本の話をし、その後自己紹介から、米国の人種差別の話になった。

日本でも、アメリカ全土に広がる人種差別に抗議するデモの広がりがニュースになっているようだ。デモの原因は、ミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドさんが白人警官に喉を7分に渡って膝乗りされ、「I can’t breathe」と言って殺されたことによる。

ジョージさんの死そのものより、その後の動きが大きく報道されているのだろう。

ニュースで繰り返し聞いた彼の肉声「I can’t breathe」が耳に蘇った。

 

それぞれが読み上げた本の抜き書き部分を文字起こしして主催者のまとめ用に送る約束をして、会を終了した。

 

終了後、パートナーの書斎へ行った。朝の挨拶もまだだったからだ。

パートナーは、「読書会に参加するなんて、とってもsexyだよ」と言った。

私もそう思う。本を読む人は、魅力的だ。

生涯で、この感性を共有できることは、私にとって奇跡だ。

 

またぜひ参加したいと思う。

気流舎の読書会、おすすめです。

気流舎ツイッターに最新情報があがります。

 

 

 

NYコロナ事情レポート ~街と人を観察する

ここ1、2週間、気候が良い。日本にも梅雨前の一瞬こういう時期がある、あの爽やかな気候を想像してほしい。まさにああいう感じ。

湿度が低くて、20℃前後の気温。

気持ちがいいし、気分がいい。

 

コロナ・パンデミックの状況はアジア圏と比べれば、まだまだ厳しいNY市だけれど、街は落ち着きを取り戻してきているように見える。加えてこの素晴らしい気候、散歩したり、公園のベンチでディナーをとったり、アイスクリームを食べたりしている人がいる。

ほぼ全員がマスクやバンダナなどなんらかのかたちでフェイスカバーをしているとはいえ、以前も人は同じくらいいたが、緊張感が減ったなと感じる。STAY HOME 政策下での生活への慣れもあると思う。当たり前がアップデートされた。

 

私は日本生まれ日本育ちだから、マスクをしている人がたくさんいるのに違和感を抱かないほうだろうと思う。米国や欧米文化で生まれ育った人たちはマスクは緊急事態にするものというイメージだから、同じ風景を見ていても感じることは違うだろう。

 

NY州は、再開(reopen)に際して7つの基準を設けている。その基準を満たした地域から、再開を始めている。基準を満たせていないのはNY市だけになった(現在5/7つは満たしてる)。だから基本的には、NY市はエッセンシャルワークのみの経済活動とテレワーク、外出はマスク着用にソーシャルディスタンス厳守なのだが、ちょっとずつ様相が変わってきている。

 

私個人を見ても、2週間に1度の食料品の買い出しだけに限っていた外出が増えた。今は、ほぼ毎日散歩に出ている。

 

今日は、最近眺めている街と人間を少し書いておきたい。

 

レストランやバー、カフェは持ち帰りやデリバリーのみの営業をしている。が、季節がよくなってきたことも相まってか、飲み物のテイクアウトブースを始めたレストランがいくつかある。アルコール類やフレッシュジュース、アイスティー、コーヒーなどのメニューが並ぶ。店ごとに売りがあり、あのイタリアンはワイン、こちらのバーはフローズンマルガリータ、あのバーガー屋はビール、というように、思わずアルコールばかり並べてしまったが、特徴があって面白い。

営業そのものを再開したレストランもある。もちろん持ち帰りとデリバリーのみ、プラス飲み物のテイクアウトブース。

 

私の住む地域は、店といえばそのほとんどがブロードウェイストリートに面した路面店だ。

飲食店の前の歩道には、ソーシャルディスタンスを守るための目安がチョークで店前の地面に書かれ、人々は、店員さんや少人数のグループで話しながら、時間を楽しんでいるのも見える。

 

5月26日はメモリアルデーという祝日だった。この日は、たぶん基本的には、祝日のための祭典を行うために、NY州が10人以下の集まりを許可した。その前日の週末を含む3連休は、公園はレジャーシートや椅子を持ち込み、ピクニックする人が多く見られた。

人が集まっているのを見ると、嬉しい気持ちになる。

NYピザ、トルティーヤやブリトー、アイスクリーム、フローズンヨーグルト、思い思いの食べ物を囲んで、みんな薄着で楽しそうだ。

 

公園はいつでもだいたい、マリファナの甘いいい香りがする。誰か彼か楽しんでいる。

 

公園の入り口では、警察官がマスクを配布している。ちゃんと有色人種にも配ってるだろうか。多分、配ってないだろう。

 

ハドソン川に沿った公園の中に夏場だけオープンするレストランがあるのだが、そこもオープンした。爽やかな雰囲気で、店内で食べれるレストランと、テイクアウトのブースがある。

メニューボードに「アルコールはテイクアウトのみ。公園内での飲酒は法律で禁止されています」と書かれている。ちょっと笑っちゃう。大いなる矛盾に思えてしまう。

なんというか、苦肉のメッセージというか、ギリギリだ。

もともとアルコール類のテイクアウトや路上で酒を飲むことはNYでは法律で禁止されていた。それが、コロナの自宅隔離命令に伴う行政命令で、アルコールのテイクアウトが許可されたから、こんな調子になるんだろう。

店内には生ビールのタップも見える。生ビールを家まで持って帰らないよね。うん。

近くのベンチには、明らかにアルコールを飲んでいる人達もいる。楽しそうだ。

そりゃそうだ。

どうか、夏をエンジョイする人たちが警察に捕まりませんように。警察がこういう小さいことで暴力的で人種差別的な逮捕をするという話はNYの常識なので。

 

さて再び、ブロードウェイストリートに戻る。

 

再開基準を満たしていないから、当然だけど、美容室や、ネイルサロン、銀行窓口などはまだ閉まっている。花屋もまだだ。

 

自家焙煎をしているような小さなカフェも開けているところが少ない。

閉めていたチェーン店は再開したところも多い。スターバックスも開いている。スターバックスは、「フラペチーノを作るために死にたくない」と従業員が抗議しているというニュースも出ていた。そりゃそうだ。当然だ。給料も大事だけど、命のが大事。

 

ファーマーズマーケットは、店数は減っているが開いていてる。お気に入りの卵屋が来ないのは寂しい。歩道の上で行われているので、歩行者スペースを確保したうえで、ソーシャルディスタンスも守れるように路上にチョークで線や印が書かれている。野菜は自分たちで選ぶのではなく、店員さんが取ってくれる。店員さんたちの安全も大事だ。

 

卒業式のシーズンでもある。コロンビア大学の大学カラーの水色のガウンを羽織って着飾った学生たちがちらほらいる。写真だけでも、ということだろうか。パートナーも博士課程終了が近いのだが、Ph.D取得者が身につける特別な帽子がかぶれなかったなと少し残念そうにしていた。私も見たかったし、卒業式も無かったのは残念だ。儀式は大事。

 

野宿者や物乞いには定位置があるのだが、コロナ以前見なかった、物乞いの人がいることがある。地域を巡っているのか、新しい失業者か。悲しくて眉根に縦にシワが入る。

 

人の動きが活発になってきて、街にゴミがソッコーで増えたのも面白かった。もともとNYの路上はゴミが散乱しているのだが、自宅隔離生活中は、路上のゴミが減っていた(きれい、とは言えないけど)。人間ってあかんこといっぱいする生き物だなあと思う。公園に落ちてるゴミもさりげなく増えた。

歩道にも公園にもたくさんゴミ箱は設置されてるんだけどね。

 

こんなところだろうか。

 

祝日の週末で、人が集まっただろうから、コロナ第二波というか、第二次ピークが2週間後に来るんじゃないかという予想もニュースで言われている。引き続き、落ち着いて気をつけていきたいと思う。

 

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ピクニック、いいよねえ。

 

文通で立ち止まる。

NYに引っ越してから、日本の友達ふたりと文通している。

本当は手紙を手書きして、封筒に入れて、切手を貼って、ポストに投函するという、アナログでやりたかったのだけれど、ひとりは、相手の要望により、もうひとりとはコロナの影響で1通目の国際郵便が届かず、Eメールでやりとりすることとなった。

 

文通をはじめて気づいたことがある。

 

立ち止まれるのだ、ということ。

 

立ち止まって、改めて呼吸を吸い直して、考えられるのだ。他者から具体的に、私に向かって言葉が投げかけられ、考える必要が生まれる。たったひとりのことを思い浮かべて、「この人にはこういう例えが伝わりやすいかな」「前、一緒にこの話をしたから、こういう書き方にしよう」と、それぞれの文脈を取り入れ書いていく。ブログが何本も書けそうなくらい、濃密で読み応えのあるやりとりがすでにいくつも生まれている。公表されていないのが惜しいくらい。

 

最近は真剣な話題も多く、メールを受け取ると、一度読み、一晩か二晩か置く。時間をたっぷり取って、読み返しながら書く。

 

文通は、立ち止まって、相手や話題としっかり向き合うことになる。

ビジネスメールとも違う。

メッセージアプリの、長くは語らないポンポンとリズム良く交わされるコミュニケーションでは成立しにくい。

SNSのタイムライン上で発生する、公開されていることが前提のやり取りでもできないことだ。

 

 

ある日受け取ったメールで、とあるニュースの話題が友達から振られた。「どう思う?」と。その話題は、1年前か2年前くらいにじっくりと考えた事柄と重複するものだった。そして今も私のなかで大きな話題として頭の中を占めているものだった。

一生懸命返信を書いていて気づいたのは、じっくり考えた過去の時点から、考えが深化していないということだった。

愕然とした。

自分が思っていたより、その話題としっかり向き合っていていなかったことが明らかになった瞬間だった。

それなりに関連事項の情報も読んでいたし、SNSでも情報を追いかけていたし、活動もしてきた。けれど、具体的な思考のアップデートはなかったのだ。毎日のように日常的に触れている話題だったので、もっと自分の考えは深まっていると思っていた。

確かに、知っていることは増えていた。様々な論者、団体、法律や裁判事例。

しかし、根本的な自分の芯となるような考え方は変わっていなかった。当時もモヤモヤしていた部分は今でも、モヤモヤとしていたのだった。

情報は触れているだけでは駄目なのだと痛感した。

触れる情報も日々のニュースや人々の雑感ばかりでは駄目なのだと思った。

友達に真摯に返事を書きながら、

これからはもっと、立ち止まって考えようと気持ちを改めた。

ニュースやツイッターなどの細切れの情報だけでなく、まとまった文章や本論文を読むという方法で、勇気を持って立ち止まろうとおもった。

 

そして今は、楽しみに文通の返事を待っている。

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全然関係ないけど、近所の公園のアライグマを見るのが最近の楽しみです。

 

CVと履歴書の話 ~社会デザインの話~

CVを書いている。

CV(そのままアルファベット読み)とは、日本で言うところの履歴書で、内容的には職務経歴書も含むもの。resume(レジュメ)と呼ばれたりもする。

 

履歴書のようにひな形が売っている訳ではなく、形式を整えてワードで作る。新しい職務履歴や教育履歴から書くのが一般的。提出先に合わせて内容を整えていく。

 

手書きが良しとされる、非効率な文化も無い。

 

今回の作成は3回目くらいのはずだ。初回は、「やってみよう!」と思ったものの、「英語でどう書けばいいの?!?!」が連発で、締切が近かったこともあり、割とすぐにギブアップした。日本語で作ったものを、パートナーに英訳してもらった。

2回めは、初回のものにちょっと加筆するくらいで良かったから、ざくっと自分でやった。2,3項目足すのだけでも、かなり時間がかかった。

 

今回は、全面的に改修しまくった!

初回の苦しみとできなさが嘘のように、すらすらと書けたので嬉しかった。

英語という言語への慣れだけではなく、形式への慣れや、パートナーが整えた初回版がある、というのは大きな助けだった。

 

CVには、もちろん目的がある。仕事を探しているときや、何かのプロジェクトに申し込むときなどに、目当ての会社や組織などに提出して、審査を受けるためだ。ちなみに以下の項目を記載する必要が無い。もちろん、書きたければ書ける。

 

証明写真

性別の記載

生年月日や年齢の記載

 

見た目でも、性別でも、年齢でも差別は起きる。

純粋に、能力やマッチングだけで審査されないことが間々あると、以前、日本とイギリスの就職や労働に関する比較研究をしている研究者の方から伺った。例えば、能力が同等レベルであれば顔の良い方を採用する、など。

この話を聞いてしばらく経ったが、今は、変わっただろうか。

ここ数年、ニュースに度々現れる試験における男女差別(男子学生に予め加点するような明確に差別的なもの)もある。ニュースという形で明るみに出るようになっただけ、マシなのかもしれない。

 

しかし、日本の履歴書には依然として、

証明写真が必須で、そのために写りが良いと評判の1枚数千円する伊勢丹の写真館に撮りに行く人までいて、経済格差まで見えちゃったりする。

性別の記載欄があって、記入せねばならず、しかも「男・女」しか選択肢がなくて、気持ちが萎える。

生年月日や年齢も記載しなければならなくて、若いほうが有利であったりする。

 

履歴書の形式1枚とっても、差別構造がよく見える。

 

社会が、差別を表出するような構造や表現・デザインを持っている場合、人が持つ差別や偏見というのは、助長され、生き延びやすい。構造やデザインで見せられると、それが「当たり前」になって、疑いすら持たないからだ。しかし、構造やデザインそのものが差別を排除した形であるのならば、差別の心そのものが育ちにくいのではないだろうか。

構造やデザインには、必ず意味があり、目的がある。

このように見せたい。こうやって感じてほしい。

誰かが有利になるように。同様に、誰かが不利益を被らないように。

 

現代日本の差別の構造を考えると、平安時代、中世くらいまでゆうに遡れちゃう。それくらい根が深い。私が知らないだけで、もっと遡れるのかもしれない。そして、もともと崇められていた職業の人々が、被差別民になるというような逆転すらも起きる。

社会とは、固定化された動かせないものではないので(なにせ逆転も起きちゃうし)、せっかく民主主義の世の中に生きているので、ひとつひとつ考えて、声にしていきたい。

 

自分が持つ差別意識をアップデートして、少しずつ無くしていきたいな~。これまでもしてきたように、これからも。

 

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NY、すっかり初夏の雰囲気。

 

 

 

 

 

NYコロナ隔離生活:スーパーへ行った話(写真多め)

新型コロナウイルス(COVID-19)の影響による自宅隔離生活が長くなってきた。

私自身の心理状況が落ち着いてきたこともあって、街が落ち着いて見える。ニューヨークは冬が寒いせいか、春の訪れが一層に嬉しく、萌える木々が美しい。もちろん、家の通りの向こうには、病院が建てた仮設の施設があり、エッセンシャル・ワークの範囲外の店は依然閉店中。車通りも少ないままだ。人通りもあるにはあるが少なく、行政命令で全員がマスクやフェイスカバーをしている。マスクの習慣がないこのニューヨークで、全員がマスクをしているのはさぞや異様な光景なのだろう。

 

思えば、4月は自宅隔離生活に慣れるのに必死だった。気づかぬうちに疲れていたように思う。緊張感の異常さ、日常を再構築する大変さなどが過ぎてみれば、よく見える。

 

記録のために、2020年4月1日におそるおそる食料品の買い出しに行った話を書いておきたい。

 

私とパートナーの日常の食べ物の買い出しは、木曜、土曜、日曜に開く近所のファーマーズマーケットと、アマゾンフレッシュというネットスーパーを利用して、ホールフーズ(オーガニック食品や製品を扱う米国の大手スーパーマーケットチェーン)で買い物をしていた。スーパーに行くのはまれなことで、Hマートというアジアの食品や日用品に特化したスーパーか、パートナーと「bourgie supermarket(ブルジョワ・スーパー)」と呼んでいるお値段高めのスーパーのみ。Hマートもうどんやそうめんの乾麺を買いたい時くらいしか行かないので、まれだった。

 

行政命令による自宅隔離生活が始まってすぐに、ネットスーパーの配達予約が取れなくなり、オンライン上の棚からは商品が無くなった。これはけっこうメンタルにきた。日常が壊れる恐怖というのは、思いの外こたえるものだ。

感染リスクを下げるために、買い物はパートナーと順番で、2周間分をまとめて、ひとりで買いに行こうと、ふたりで話し合って決めた。

外出を伴う買い物も、パートナーとの散歩がてらの日常の楽しみとして行っていたので、慣れない移民生活でもあり、そこにコロナウイルスの恐怖が加わり、ひとりで行くのは苦痛だった。

 

自宅隔離生活のなかで、「外に出たい!」と何度も思ったし、苦しかったのに、外に長時間いなければならないことになると、恐怖心が大きくなった。相反するように見える感情にも戸惑った。今思えば、並立して当然の感情だ。

まあ、そもそも感情が1つに絞られる瞬間のほうがまれなことだろう。人間はいつもぐちゃぐちゃいろんなことを同時に思って、感じている。

 

さて、久しぶりにジャケットを着込み、マスクをつけ、自分のお腹ほどの高さもある大きなカートを引きずって買い物にでかけた。

歩くとだいたい20~30分ほどかかるホールフーズへと向かった。

 

外の空気は新鮮で、動きがあって、気持ちよかった。

見上げれば、桜は満開。

日差しの良い日で、途中でダウンジャケットを脱ぐことになった。

外も悪くないと思った。

 

まだ慣れないソーシャルディスタンスに戸惑い、ストレスを感じながら、歩道を歩いた。今思えば、いつもより距離をとって道を譲ったり、譲られたりしただけなのだが、「近づいちゃったら危険!!!」という頭があるので、大層疲れた。

 

コロナの影響で、アジア系の人々への人種差別が激しくなっている。馬鹿げたことである。私はどこからどう見てもアジア系の見た目であるので、これにも恐れていた。ヘイトクライムは怖い。刺されたり殺されたり、という事件もある。そんなことされなくたって罵声だって怖い。自分の変えられない部分で差別を受けるというのは本当に恐ろしいことだ。改めて自分の人種とそれに伴う見た目を意識した。

 

息抜きに、日本のインターネットラジオを聞く。

 

締まりっぱなしの本屋や、通っていたヨガのレッスン場、散歩する犬、

 

やっとのことでスーパーについて、まずは並ぶ。入店人数を制限しているからだ。ソーシャルディスタンスはもちろん守る。黒のスーツを着たクラブのバウンサーのような警備の人が立っていて、入店人数を管理している。一人出てくると、ひとり入れる。

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入り口。ソーシャルディスタンスの看板。

 

数分待って入れた。

入り口には、消毒液と除菌シート。ありがたく使う。

 

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除菌シート。英語はwipe。

 

広くて明るいイートインスペースは閉鎖されている。

レジスタッフも少ない。

惣菜コーナーはほとんど空か、いつもより商品量を絞っている。

パンやチーズ、ワインやビールはいつも通りか。お花もある。

膨大なリストを眺めながら、野菜売り場へ。

思いの外人がいて、その多くは、デリバリー用の品物をかき集めるスタッフの人だった。こういう仕事をしているのはブラックやブラウンの人たちが多い。階級闘争を思う。

店舗は広いので、気をつければソーシャルディスタンスはわりと守れる。

 

 

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ホールフーズのデリはいつも美味しそうだった。

久しぶりに自分で野菜を選ぶのは悪くなかった。ベタベタ触らないようには気をつける。使用するビニール袋を最小限に気を使った。

肉も少し欲しかったが、家畜を倫理的に飼育しているかの基準値の見方(レベル1から5まであって、放し飼いか、ケージに入れっぱなしか、など、食品になった牛や豚が、生前どのように扱われていたか分かるもの)を忘れてしまったので、やめた。ケータイで調べるのも億劫だった。

 

パスタやビーガン冷凍食品の棚の方へと向かう。

 

子連れの女性が2組いて、子どもたちにソーシャルディスタンスを守らせるのは本当に大変そうだった。子どもは広いスーパーを、走り回りたいだろう。見知らぬ人同士で、「大変ですよね」と話していた。

 

商品量は少ないものもあったが、あるにはあった。ネットスーパー上は売り切れでも、あるんだなと分かって安心した。

パスタも缶詰も、トイレットペーパーも、小麦粉もある。

卵も各種ミルクもある。

ベーキングパウダーはなかった。

間違えてニュートリショナルイーストを買ってしまった。まだ家にいっぱいあるのに。

 

これで十分だろうか、暮らせるだろうか、と心配になったが、リストにあるものを一通りカートに入れ、レジへ向かう。いつもいつでも食品や必要なものが手に入る生活が懐かしく、ありがたい気持ちになった。

カスタマーサービスのブースには、プラスチックの板のカバーが取り付けられていた。

 

 

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カスタマーサービス

 

レジの列に並び、すぐに順番がきた。

 

ビールの年齢証明にパスポートのコピーを差し出す。

ちょっとした雑談をしながら、レジ作業が進む。米国のスーパーは、カゴごとレジカウンターに置かない。商品を読み取る前に、客がカウンターにひとつひとつ商品をかごから取り出して置く。後からカートに詰め直しやすいように、重いものや固いものから置いていった。

こんなときに働いてくれていて、本当にありがとうございます、と思った。心から礼を言って、ドキドキしながら心を込めて「Have a good one」と言った。

「Have a good day」でなくて、「good one」を使ってみたかったという気持ちも同時にあって、私という存在はこの非常時においても、相当に間抜けなものだと思った。

 

出口に向かい、警備の人にも同じように礼と挨拶を伝えた。

 

カートはとても重たくなったし、帰り道は上りの坂道もあるが、気持ちは楽になった。

 

外の写真を取りたいという気持ちの余裕が少しできた。1枚だけ、桜をとった。

 

シルバーベーカリーでパンを、Hマートで麺類を更に買って帰った。

Hマートにも入店管理のスタッフがいた。消毒液と除菌シートが置かれ、レジにはプラスチック板のカバーが取り付けられてあった。ありがたい対応。こちらは狭いのでちょっと手間取った。

 

買い物したものを冷蔵庫や棚に詰めるのは、パートナーがやってくれるというので、シャワーを浴びて休憩した。気づけばもう夕方だった。4時間も外出していたのだった。

 

この時に感じた恐怖は、3.11後に放射能におびえて暮らしたり、おびえつつも物凄い線量の地域を通り、福島県南相馬市に支援活動に行った時のことを思い出さざるを得なかった。似ている。見えない、匂いもしない物質に生命を脅かされているあの感覚。

爆発したフクイチから放出された放射能は人工物で、放射能を利用し続けてきた政治社会を許せない気持ちがある。

新型コロナウイルスは、自然の生き物で、「あり得ること」なのだと受け止めている。

これは自分のなかで大きく違う。

 

すでに1ヶ月以上がたち、ようやく振り返ることができた。記録、日記として書いておきたかった。

 

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桜とアパートメント。この非常階段がツボです。

 

ZOOM気流舎レポート!~NYコロナ事情アップデート

2020年4月27日、イベント、ZOOM気流舎「ごんちゃんのニューヨーク便り」を行いました!

12名の方にご参加いただき、ありがとうございました。

 

www.facebook.com

 

本物の気流舎は、下北沢にあるとても居心地の良い小さな空間。

セルフビルドで、やさしい木目のテーブル、椅子、本棚。

鉄骨の梯子で登るロフト。

選書担当によって選ばれた多岐にわたる生きる糧、本。カウンターカルチャーエコロジー民俗学、下北沢、サイケデリックス、アナキズム・・・

インセンスやキャンドルや雑貨なんかも売っている。

チャイ、オーガニックビール、ワイン、アブサンハーブティーなんかがメニューにある。

たいてい差し入れのお菓子がテーブルにあったりして。

 

12人があそこにはいるのを想像すると、数人ロフトでしたね。

 

私は2007年か2008年くらいから、訪れるようになって。

2019年には、「ノンネイティブ英語講座」という月1回のイベントを出国直前までやらせてもらいました。

いつもこうやってイベントをやらせてもらって、とっても幸せです。

ありがたいことです。ありがとうございます。

 

今回、ZOOM気流舎が気流舎が初体験、気流舎未踏の方の参加もありました。

今っぽい!

 

チャット欄のコメントを拾ったり、そういうオンラインならではの対応が大事なんだと思いました。改善していきますね。

 

今回、何を話そうかと思った時に、もちろん、こちらの生活のことで諸々面白いことがあるのですが、みんな気になるのはコロナのことだろうなあと思って、最新の情報を事前にノートに書き起こしておきました。なにせ、ネット上では「今の東京はNYの3週間前の状態!」なんていう騒がれ方も丁度3週間前ほどにあったわけですし。
まずは俯瞰した情報が良いかと思い、行政発表を中心に話しました。

ポイントをご紹介します。

 

これからどうNY州・NY市は社会と経済を再開させていくか

  • ようやく第一波ピークを越したと思われる現状。新規入院患者の減少、死者数の減少が見られる
  • 地域関連系(地域によって罹患者数のばらつきがあるため)を考慮する
  • 管轄区外から人を誘致するような大規模イベントやビジネスは絶対にしない
  • このパンデミックで明らかになった経済格差・人種差別を埋めていく必要がある
  • 元のNYに戻るのではなく、懸命な段階を踏んで、より公平な市民を目指す
  • 公平な回復に向けたタスクフォース戦略をとる
  • 遠隔治療などに新予算を組む

ウイルス検査と罹患者数

  • 「自宅療養患者数や自宅で亡くなった方の人数は現状訴求できておらず、必ずいる。」と州知事自ら言及(これは、私にとっていたく感動する言及だった)
  • 現状、日に2万件のウイルス検査を行っているが、連邦政府と交渉のうえ、4万件を目指す
  • 行政命令で検査を薬局でできるようにする(もともと薬局にインフルエンザ予防接種を受けられる機能がある)

 

NYの家賃措置対応の現状

目標を以下のように定め動いていく(Y市)

  • 家賃の凍結
  • セキュリティ・デポジットの家賃への充填
  • 家賃支払いが滞った場合、12ヶ月以上かけて返済できるようにする
  • この危機が終わってから60日間の立ち退き猶予

テナント保護(州対応)

  • 居住用、商用問わず、テナントの立ち退きまたは財産の差し押さえを強制しないことの義務付ける行政命令はすでに行っているが、これの有効期限の延長を検討

 

おすすめ動画や情報源

「A global pandemic calls for global solutions」(2020年4月)
(タイトルごんだ訳:グローバルな解決を必要とする地球規模のパンデミック
https://www.ted.com/talks/larry_brilliant_a_global_pandemic_calls_for_global_solutions?fbclid=IwAR0Zc6cr4fDckqeCd20UdzjpwUfHiX7tQI0q4_sH6ywqG7dzJnpQpR6zZU8 

 

「ラリー・ブリリアントが挑むパンデミック阻止」(TED プライズ2006)
日本語吹き替えと字幕バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=z-JS8P2hAi4
コメント欄の解説が詳しいです。これは日本語あります。

 

Help stop the next pandemic(TED プライズ2006/原作)
https://www.youtube.com/watch?v=MNhiHf84P9c&t=5s

 

Corunavirus Daily
10分ほどで1番組。NYに限らない各地のレポートや、専門家へのQ&Aセッションなど。
https://www.npr.org/podcasts/510355/coronavirusdaily?t=1588192374507

 

  • Democracy Now! (王道の左派独立報道番組)

https://www.democracynow.org/

デモクラシー・ナウ!ジャパン(Democracy Now!の日本語訳)
http://democracynow.jp/

 

 

こんなことを話しました。

またやろうと思って画策中です。

 

気流舎は他にもオンライン読書会や、バーチャル開店、BASEでのグッズや書籍の販売などをやっています。おすすめなので、覗いてみてください。

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NYの春もきれい。久しぶりに散歩しました。