ハーレム・ネイバーフッド

ある日、近所での買い出しの帰り。アパートメントの入り口で、パートナーは鍵を探していた。荷物を持った状態で少し手間取っていた。

アパートメントの入口前には階段とスロープがあり、人がそこで寒くても暑くてもたむろしている。その日も、アパートメントに黒人男性がいて、紙巻きたばこを作っていた。「お前らそこで何してる?」と鋭い声で言われた。振り向いて「ここに住んでいて、鍵を探していたんです」と伝えると、男性は「なんだ。たばこを巻いていたから、警察かと思ったよ」と言った。

「違いますよ。私達は警察とは真逆の人間ですよ」

警察は嫌いだし、アナキズムが好きなんです、という言葉は飲み込んだ。それはちょっと話しすぎだろう。

そこから彼は破顔一笑ジーンズのジャケットとダメージジーンズに身を包んだ彼は話しだした。

 

ハーレムは良いコミュニティだ。俺はここが好きだ。

―――――住民だろうか。

いつからここに住んでるんだ?

―――――「去年の夏頃です。良い所ですよね」

そうか。俺はあのビルに妹が住んでいて、そこを訪ねて今日はやってきたんだ。

ハーレムの人間はいい人ばかりだ。

みんな、親切で優しい。

―――――「引っ越してきてから本当にそう思いますよ」

ここで上手くやっていく方法を知っているか。

―――――「知らないけど、何だろう」

挨拶して、話しかけるんだ。

そうすりゃ、向こうも話してくる。

そうやってコミュニティに溶け込むんだ。

ここの人間は誰かを拒否したりしないだろう?

―――――「そうですね。本当にそうなんです。実感してます」

―――――英語でさっと言えなかったが、白人街は黒人を拒否し続けてきた歴史があるのにね、と心のなかで思った。

そうなんだ。ここはいい所だ。

俺はここには住んでいないけど、こうやってくると、ホームに帰ってきたなと思うんだ。

安心するし、受け入れられてるって思う。

そう。それでだ。挨拶して、話しかける。

―――――「本当にいい所ですよね。でも私達、とてもシャイでなかなか話せないんです。」

―――――実感としては、ジェントリフィケーションしてきた側にいるであろう私達が、彼らに話しかけて彼らのコミュニティを変態させてしまったらどうしようと思っていたな。でも、一度も拒否されたことは無かったのも確かだ。

シャイなのか。それだと、ちょっとまあ、損してるな。

もっとオープンになるといい。

話してみるといい。そうすりゃ、ここがもっといい所だって分かるよ。

 

巻き終わったたばこを指に挟んだまま、立ち話をした。

 

その後は、彼が仕事でインドへ行って、また米国へ帰ってきた話。

妹さんが住む建物の歴史。

建物は現代的で日本でもありそうなシンプルなデザインの高層マンションで、珍しい概観だったので、大きさ的には似てるけど公共住宅とも違うし何だろう、と疑問に思っていたものだった。割とお金がある黒人層の居住地域をハーレムエリアへ広げるために建てられたのだそうだ。

 

俺はおしゃべりだからさ。話しちゃうんだよな。ははは。

 

―――――「私達、シャイだから話しかけてもらって良かったですよ」

そう言って笑った。

楽しかった。

嬉しかった。

挨拶をしてアパートメントへ入っていった。

彼は、また階段へ腰を下ろした。

たばこを吸っただろうか。妹さんの家へ帰っただろうか。

 

オッサンの話は(自分を守るために)大抵嘘含みだと心のなかで藪睨みしながら聞いてしまう癖、でも同時にそれが彼らにとっての真実だと分かっている思考、これは野宿者運動に関わるなかで染み付いたものだ。私も若かった自分を守るためだったとはいえ、こういう時に悔いる。

もっと素直に喜んでオッサンの話を聞きたかったな。

この癖は、もっと上手に出したりしまったりできるようになろう。

できれば、もうしまっておきたい。

もうちょっとハーレムやここに住む人、働く人と仲良くなりたいと思った。

 

(1502文字/50分/40日目)