ハーレムとシモキタ(ワイン屋と料理屋とバナーと自由本箱)

コインランドリーで洗濯機を回している約20分、ちょっとした時間ができる。その日は祝日でコインランドリーが混んでいたこともあり、コロナも心配だし散歩に出ることにした。カートやまだ開封したばかりの洗剤が盗まれないとも限らないが置いていく。この街の誰かが、誰かの物を盗まなくては立ち行かない人生になっているならば、どうぞ持っていってほしい。盗まれたらちょっと嫌な気持ちもあるけれど、でもそう思う。

 

コインランドリーを出て、すぐの角を左に曲がる。

気になっていたワイン中心の酒屋を覗く。ここはジェントリフィケーションでできたのだとひと目で分かるヒップなお店だ。おすすめのボトルの値段は30ドルから、と店内の黒板が見える。ワインやリキュールの取り揃えはそそられる。周辺の店のおすすめと比べると10ドルほど高いだろう。忙しそうに酒箱を運ぶ店員さんは細身のジーンズに、白の幅広デザインのセーター、頭にフィットするカーキ色の丸いニット帽の黒人、おしゃれだ。客は白人とアジア人のみ。近所のスニーカー・キッズやおじちゃんたちはいない。教科書で読むジェントリフィケーションの定義通りで、分かりやす過ぎて、入ってみたかった心が一気に萎えてしまった。ただ、ここを営業している人は黒人であるかもしれないし、利用している人も中産階級だとは見ただけでは言い切れないことも心にとどめておかなければいけない。

 

もう少し歩くと斜向かいに、量り売りテイクアウト専門のジェイコブスがある。もう少し街の方には大きな本店がレストラン営業している。ハーレムには珍しくフレッシュサラダも置いてある。豆とテール肉の煮込みは絶品。さつまいもの甘煮も大好き。

 

ジェイコブスで右折して次の通りへ。正面のアパートには、レインボーフラッグに黒色の拳が描かれた旗Black Lives Matterのボードを掲げている。誰か考えを共にする人が住んでいると思うと嬉しくなる。私も、バナーを作って窓に掲げようか。こんなふうに政治的メッセージを窓や桟に掲げているアパートメントの一室はちらほらある。

 

次の角にはジェントリフィケーションのカフェがある。ワイン屋と同じような客層、値段の開き。通りかかると大抵行列ができている。きっとコーヒーはため息が出るほどおいしいだろう。

 

カフェの向かいには三角州のような小さい公園がある。青みがかった緑の鳥の巣箱のようなポストが見える。遠目からもぎっしり本が入っているのが分かる。嬉しくなって駆け寄った。「Little Free Library.org」と表示がある。「リトル・フリー・ライブラリ」orgはオーガニゼーションの略で、非営利団体が使うドメインでもある。

タイトルだけでは何の本なのかも分からない、見たことない本ばかりが並ぶ。

本箱に入り切らない本が雪に濡れながら、ダンボールに入れられ地面に置かれている。どこかの大学の分厚い政治学の教科書なんかも入っていた。

この本たちが誰かに届くといい。

人生や世界を開く扉はたくさんあるが、本はその大きなひとつだから。

 

本箱のかわいらしさから、2017年のShimokita解放区Projectの、シモキタ解放区文庫を思い出した。木造りの本箱の下には「これはあなたの小さな図書箱です」と書かれていた。日本語でわざわざ「あなたの」と書くことによる意味合いは大きい。

 

本箱の中を覗くと、先日丁度友人と話していた『Never Let Me Go(邦訳:わたしを離さないで、カズオ・イシグロ/著)』が目に入った。読みたいと思って、ほしい本リストに入れていたので、借りて帰ることにした。ウキウキして赤いトートバッグに入れた。

 

散歩を冒険と呼びたくなる瞬間はこのように突然来る。20分の冒険を切り上げて、次の角で曲がり、元の道に戻る。ジェイコブスのいつも通りの混雑具合に安心し、道の上でひしゃげている一輪のばらの花を見ながら洗濯物を回収に帰った。コインランドリーのカートも洗剤も無事だった。バレンタインの翌日のできごと。

 

(1580文字/60分/35日目)

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いい色。

ソウルフードのジェイコブス

https://www.jacobrestaurant.com/

 

リトル・フリー・ライブラリ

littlefreelibrary.org

 

Shimokita解放区Project

www.shimokita-kaihoku.com