銀行口座を作った。外国籍人として住むと、やはり少し面倒だ。その国の国籍を持っていないとひと手間かかる。どの国でもきっとそうじゃないだろうか。こういう時、「日本だったら・・・(もう少し楽だったのに)」と口にしたくなるが、意識して避けてみている。大体、日本という主語が大雑把すぎるし、長年日本で暮らしてきた私は日本の仕組みに慣れているというだけで、日本の銀行が便利で優秀かと言われればそうでも無いと思うからだ。
作ろうとしたのは、ジョイントアカウントという種類の口座。1つの口座を複数の名義で作成でき、その人数分のクレジットカードができるというもの。私とパートナーは家計をシンプルに管理したいので、前からこのジョイントアカウントを作ろうと話していた。
日本で家計を管理していたときは、できるだけシンプルにしたけれど、給与振込などを考えるとやはりひとつにまとめるということはできなかった。私は数字と算数に弱いので、家計がひとつにまとまることはとてもありがたい。
まずは、パートナーが使っていたallyというインターネットバンクで作ろうと試した。手続きはパートナーがほとんどしてくれた。私は、ファイリングしてある書類の位置を教えたり、書類を出したりしただけ。いや、それすらしなかったかもしれない。
フィアンセビザ(k1ビザ)でグリーンカード無しという私の今の条件でも作成できた事例があるとパートナーが下調べした上で申請した。が、結果は口座開設ができなかった。電話で確認した後、書面が郵送で届いた。丁寧だな。残念。パートナーの忙しさを考えると、気がそぞろになった。
それではと、パートナーが知らべて決めたのは、カナダのTDという銀行だ。TDを選んだ理由は、私の今の条件でも口座を作ることができ、さらにお金持ちではない私たちにとって条件が優しく、と使い勝手が良かったから。
条件というのは例えば、米国の多くの銀行は、口座の預金額が一定限度を下回ると手数料を取るのだ。一定限度を上回ると、ではない、下回ると、だ。例えば、2500ドル(26万円くらい)を下回ると月額30ドル(3100円)ほどの手数料を取られる。26万円の残高を切る人の3000円は厳しいのだ。
こういった条件や手数料などが比較すると低額なのだ。ATMの使用料金も月末には全額返金されるし(1回3ドルくらいかかる)、預金金額が低くなっても、口座種類のダウングレード、アップグレードもすぐできて、手数料を最低限にすることができる。
支店も近所にあることから、早速、散歩がてら口座を作りに行った。
必要なものは、パートナーは本人確認書類ひとつ、私は本人確認書類ふたつ。共有のものとしては、結婚証明書の原本。簡単だ。
いつも行く薬局の横が銀行だった。ああ、ここ銀行だったのか、知らなかった。簡素でクリーンなオフィスだと思っていた。日本で生きてきた感じだと銀行っぽく感じていなかったからだろう。めっちゃBankって書いてあったのに目に入っていなかった。
受付デスクには犬用のおやつが置かれていた。かわいい。犬連れで来店する人が多いからだそうだ。奥には子供用のロリポップもツリーでカウンター脇にあって、なんとなくほんわかして安心した。なんとも気さくな雰囲気。
そうこうしていると、犬連れや、ふたり乗りベビーカーで来店する人がパラパラと来たので、微笑ましく思う。
早速、デスクに通されて、ジョイントアカウントを作りたいという旨を告げる。
まずは、本人確認書類の確認から。
パートナーのパスポート、オッケー。
婚姻証明書、オッケー。
最後に私は、自分のパスポートとソーシャルセキュリティーナンバーを提出した。
(ソーシャルセキュリティーナンバーについては、他の記事にかきました)
すると、顔写真がついたものでないといけないと言う。国際免許は置いてきてしまったし、どうしようととても不安になった。国際免許も持ってコレばよかった。こういう時に出直すのが嫌なのだ。これもある種の呪いなのだが「失敗した!」と自分を責める気持ちが湧く。自分でも過剰だと感じるほどの焦りがせり上がる。体温も上がる。
すると、パートナーが「大学のメンバーシップカードは?」と銀行員に聞いた。大丈夫らしい。これでいいの?確かに、これもパスポートを提出して作成したけどさ。公的機関が作成したものじゃなくて、図書館やジムの利用者証だよコレ。学生書ですらない。パートナーが所属する大学の、配偶者用のメンバーシップカード。
渡米して間もなくの疲れた顔の証明写真の私。
友達がアパートに残していったユニクロのグレーのダウンを着ている。
冴えない私自身が良い思い出だ。
戸惑いながら提出した。
駄目だったらどうしよう。
どうもない。帰って出直すだけなのだが、頭は呪いのせいで冷静ではない。
もちろん、オッケーだった。銀行員が両面確認して、さらりと手続きが進んだ。
なんか、簡単だな。良いんだ。
ちょっと心のなかで笑った。
重要な説明書や確認書類はすべて、オンラインだ。紙は1枚も渡されなかった。はじめにメールアドレスや電話番号などを登録し、そのアドレスにアクセスコードなどが携帯電話に届き、オンラインで書面を読み、サインをする。スマートフォンの画面に指でサインしたので、とてもブサイクだった。
簡単だ。
すべての契約書などは、銀行のアプリか、ウェブサイトにログインすれば見れるし、ダウンロードできる。
手続きの間、コンピュータ処理の間ができる。その切れ切れの間に少しずつ、銀行員の人と話した。彼も半年前に結婚したばかりだということ。リゾートに新婚旅行に行ったこと。「ハネムーンや式には行くのか?」と聞いてくれて、いろいろ話してくれた。家族だけの小さな式をしたこと。人や文化によっては500人規模の式もあり得るということ。「あの人を呼んだら、あの人も呼ばなきゃってなるんだよね。すると増えるのもわかる」という話は日本でもよく聞いたものだ。リゾートの思い出は人生で一番のものだということ。指にはシンプルな指輪がはめられていた。
その場でクレジットカード(キャッシュカードと一緒)が作られ、手渡された。早い。
今はクレジットカード、それより前は小切手の文化の国なので、小切手も少し渡されれる。小切手のつづりは後で郵送されるそうだ。
最後に小切手とATMの使い方を教えてもらった。
説明用に1セントが記載された小切手がそれぞれに渡される。裏にサインをし、ATMへ。自分のカードを挿入し、ピンコードを押す。その後に、小切手をATMに読み込ませて、自分の口座へ送金する。なんだか不思議な感じだった。
今はもう小切手はめったに使わないが、習慣はあるし、使っている人もいる。この前は、教会での献金を小切手でやっている人を見た。
習えてよかった。
その日は暖かかったので、天気の話をして銀行を出た。
一安心だが、
銀行の注意事項説明書が読めなかったこと、イマイチ銀行の仕組みが分からないことなど、日本語だったら読めるし聞けるしわかるのに、と焦りに似た苛立ちもあった。
でも知らなくて、分からなくて当然じゃないか。
15度ほどの暖かい日だった。日差しが気持ちいい。
こうして、知らないことを知っていくそのプロセスは不安にもなるが、もっと自分のなかの新しいことへのワクワクを育て直していきたいと思う。幼い頃は、知らないことに対してあまり怖がったりしなかった。むしろなんでもやってみたかった。怖いもの知らずの私を両親は恥ずかしがった。私は単純に知りたかったし、知らないボタンは押したかったし、できるようになると嬉しかった、もしくは出来なかったことはすぐに忘れた。
知らないことは恥だと思ったり、初めてやることを一度で覚えられないと自分を情けなく思ったり、できるようになっても「当然」という言葉がついて回って自分を褒めたり嬉しがることを忘れてしまったり、そんなつまらぬ怯えた心が育ってしまったようで。
大人になっても知らないこと、いいじゃないですか。
初めては多いほうが、多分楽しい。
そして知ったら、世界が広がる。
銀行口座、できました。レベルが20くらい上がった気分です。