3月11日に思うことと、想像ラジオへのリクエスト

今日は3月11日。

どうしても、2011年3月11日と、それからのことを思い出さざるをえない。

この日だけがあの日を思い出すわけではないのだけれど、つらい記憶であることは確かなので普段は入らないスイッチを入れ、「よし」と決意させる力がこの日にはある。

あれから9年。早かった気がする。コペ転くらい人生も変わった。

多くを無くした人たちと出会った。

友達が増えた。

仕事をいくつか変えた。

住む場所も変えた。

共に住む人も何度か変わった。

再会もあった。

死別もあった。

多くの嘆きと怒りと悲しみと希望にであった。喜びもあった。

 

あの日があの日でなければ、出会わなかった人がいる。

親しくならなかった人達がいる。

 

気仙沼陸前高田、大船渡、仙台、松島、石巻、平泉、

南相馬、福島、双葉、いわき

 

こんなふうに思えるのは、無くしたものが少ないからだろう。

得るものばかりだったからだろう。

厚顔無恥に、今、思う。

 

だからこそ、知らないからこそ、分からないからこそ、

他者とその境遇を理解しようと、感じたい、そのように努めたい。

 

あの日のことを、今もありありと思い出せる。

仕事を辞していた私は、

ようやく起きてひとり杉並区の小さな軽鉄骨のアパートにいた。

まだスマートフォンも持っていなかった。

買ったばかりの全く部屋にそぐわない大型テレビを両手で抑えていた。

冷蔵庫の上に置いてあった卵がケースごと落ちた。

船酔いのように気分が悪くなった。

テレビの津波を見ていた。

 

後日、原発が爆発した。

私はもうじき死ぬんだと本気で思った。

ああもうこれは晩年なのだと。

大切な友人たちに電話をかけた。

できれば死なないで、生き延びてほしいと。

 

私の現実だった。

 

2020年の今、自分の恐怖はだいぶ和らいだ。

多くを経て、

住む土地を遠く、米国に移したことも大きいだろう。

物理的距離がもたらす心理的変化は大きい。

 

政治はあの日から積み重ねたものさえ捨てているように見える。

 

友人たちはますます優しく、賢く、私の目に映る。

 

自分でもうるせえよ、とも思うのだが、

友人たちは私の希望だ。

みぞおちあたりの奥にある光がここから見える。

この日の思考の終わりには、いつも同じことを思う。

あなたたちは、希望である。

あなた(たち)がいるから、人間を信じられる。

 

どうか、日々の暮らしを。

食べて、飲んで、寝て、排泄して。

遊んで。

人によっては労働して。

 

明日も無事に迎えられますように。

傷だらけでも。

 

 

 

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気仙沼安波山より。2014年8月4日撮影。

(追伸)

想像ラジオに初めてリクエストを出しました。

 

みんな、聞いてください。

アニメ、「スティーブン・ユニバース」のエンディングテーマ、

レベッカ・シュガーで

Love Like You 

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