桐野夏生『柔らかな頬』
ニューヨークで、バリバリと本を本を読んでいます。英語の本は、楽しいけれどまだまだ勉強って感じなので、日本語の本を息抜きにしています。
先週は、図書館から借りてから3日ほどで、
桐野夏生『柔らかな頬』
を読みました。桐野夏生は、よく読む。本当に人間の人間たる心理的な恐ろしさを、あまりにもいきいきと、そしてありありと描写するので、いつもハラハラしながら、何より胸糞悪いな〜と思いつつ読みます。
なんと、サイン本で驚き。きれいな字。コロンビア大学図書館への寄贈主は東京都になってる。いろんな仕事があるものだ。
これを借りた時は、息抜きのために本が読みたいと思い、選んだのが『コレクション 戦争と文学5 イマジネーションの戦争』、『飾らず、偽らず、欺かず:菅野須賀子と伊藤野枝』と、桐野夏生の3冊だったので、息抜きになるかどうかパートナーに心配されました。確かに自分でも暗いセレクションだとと思って心配したから、桐野夏生は推理モノ、「コレクション戦争と文学」は、SFモノを集めた号にしたんだよ。でもやっぱり暗かった。
今、読みたい!今、興味のある!というのは本当に、心も頭も蘇る。読むエネルギーも大きい。
さてさて、『柔らかな頬』ですが。
以前、テレビドラマになっているようですが、ドラマとは結末が違うそうです。(あさ〜くググりました。ググった先でも「結末が許せません!」という地獄がめっちゃあったので検索をやめました。許せないって凄いな〜。分からないとか共感できないじゃなくて許せないって・・・匿名のサイトとは言え、激し過ぎる。)
斜陽の組版会社夫婦とその子ども、取引先の大手広告代理店の夫婦、胃癌に犯され死期が迫った元刑事を中心に話が展開していきます。夏休みのバケーション中に、組版会社夫婦の長女が突然姿を消したことから始まる推理プラス人間ドラマです。
本当に分厚くかつ二段組の本なのですが、描写の細やかさが、登場人物の空気を伝え、その文章量の多さを感じさせません。
特にお気に入りなのは、後半によく登場する夢の描写。夢、夜見る夢ですね。
寝ている時に夢を見ると、自分が誰か以外になっていることに違和感を抱きつつも夢が展開する中で疑問自体を忘れて他者を生きたり、あまりにも現実っぽいことが起きたりして、目覚めてから驚いたり、疲れたり、気分が悪くなったり、幸せな気分になったりすることがあると思うのですが、そういった類の夢の感覚が呼び起こされるような描写が断続的に続くのです。
この挿入と表現が本当に面白かった。
あまりに見事に挿入されるので、あれ、これ、本筋だっけ?と思う感覚が、夢を見ながらに「あれこれ夢?それとも現実?」と思う、あの感覚にそっくりなのです。
いつの間にか他者にかすり替わっていく、夢を見ている本人の意識、物語の本筋(物語の中の現実)に起きてもおかしくなさそうな、主人公たちの行動、発言、、、。
夢は、日頃起きている時に体験することや、感じていること、考えていることに影響されるといいます。登場人物たちの考えていることや行動は、読者として読んで知っているわけで、かつ自分でも読者として、誰が長女誘拐の犯人なのだろうと予想したり考えたりしながら読んでいるので、自分の想像が、夢の描写と混ざり合って、「あれ?こんな展開?」「まさかこの人が犯人?」となる。そして現実(物語の本筋)に引き戻される。こうなると、もはや、夢の描写だったのかどうか分からなくなってくる。リアルな夢を見た時と同じような感覚に陥るのだ。
これを文章で感じたことは初めてで、初めは、何を見ていて感じているのかも、混乱するほどだった。読書体験で、初めてのことに出会うのは本当に痛快だ。
読んでる途中も読了感も、本当に、救いが無いんだけど、痛快な読書体験でした。